「私は今を生きるアリス」―水玉の女王・草間彌生が描く『不思議の国のアリス』

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/23

 近年人気が最沸騰中の前衛芸術家・草間彌生氏。1950年代に単身渡米し、ニューヨークで極貧生活をしながら(画商に絵を見せるため、一畳ほどの大きな絵を担いでは大通りを歩いていたという)網目模様が連なる作品「無限の網」で才能を認められる。その後は男根を模したソフト・スカルプチュアを使った立体作品や、公衆の面前で突然パフォーマンスを始めるハプニング、体験型のインスタレーションなどを行い、「前衛の女王」と呼ばれるようになった。また小説を執筆するなど活躍の場を広げ、世界各地で展覧会が開かれるなど、デビューから半世紀以上経った現在でも高い人気を誇るアーティストである。そして今年は『24時間テレビ』のチャリティーグッズのデザインも手がける(嵐の大野智との共同創作)など、御年84歳の現在も精力的に作品を発表し続けている。

 その草間氏が挿画を担当し、新たな翻訳で生まれたのが『不思議の国のアリス With artwork by 草間彌生』(ルイス・キャロル:著、楠本君恵:訳/グラフィック社)だ。これまでの『不思議の国のアリス』の挿絵は、作者であるルイス・キャロルの指示を受けたイラストレーターのジョン・テニエルによって描かれた服を着た白うさぎや芋虫、チェシャ猫、帽子屋、ハートの女王などのキャラクターをもとに描かれることが多く、ディズニーなどで映像化される作品もその伝統を踏襲してきた。さらにこれまで『ムーミン』の作者であるトーベ・ヤンソンなどを始め(トーベ・ヤンソン版『不思議の国のアリス』 は作家村山由佳氏の訳でメディアファクトリーより刊行中)、世界中の名だたる作家が『アリス』の世界を描いてきているが、その系譜に草間氏も加わったことになる。

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 本書はもともとイギリスの現代美術館「テート・モダン」で開催された草間氏の個展に合わせて作られた本で、テニエルが描いたようなキャラクターは登場せず、草間氏の作品が全編にわたって使用されている。水玉や網などが繰り返され、独特の感性で描かれるカボチャやキノコなどの「草間ワールド」が展開する。そして新たな翻訳が行われて読みやすくなり、文字も大きくなったり小さくなったりする主人公アリスに合わせて大小するなどの遊び心があるイギリス版のデザインを踏襲し再現。草間氏の絵と相まって、が出現し、読む人に独特の浮遊感を感じさせる仕上がりとなっている。さらには表紙が布張りであるなど非常に凝った装丁となっており、アート本としての鑑賞にも、そしてプレゼントとしても最適な作りとなっている。

 草間氏は本書のあとがきで「アリスはわたしたちに、無限の華やぎと温かさを垣間見せてくれるから、わたしたちは熱烈にアリスの世界を愛するのです。その世界の美しい幻を、抱擁したい」と記し、「わたくし草間は今を生きるワンダーランドのアリスです」と語っている。その言葉を裏付けるようなエピソードもある。『無限の網 草間彌生自伝』(草間彌生/新潮社)によると、長野県松本市で種苗問屋を営んでいた格式高い旧家の末娘として生まれた草間氏は、ある日スケッチに出掛け、採取場に咲くたくさんのスミレの花に一斉に話しかけられたそうだ。ビックリして家に逃げると、その後を追ってきた飼い犬が人間の言葉で吠えてきて、さらには自分の声が犬の声となってしまい、慌てて押入れに潜り込んで、ようやく息をつくことができたという。「現実と非現実の感覚の間を、私は彷徨する」という草間氏は、『不思議の国のアリス』の世界を表現することができる稀有なアーティストといえるだろう。

 来年には個人美術館がオープンする予定という草間氏は、自らを「創作の囚人」と称している。その活躍から、ますます目が離せない。

文=成田全(ナリタタモツ)