表現? 決定プロセス? 図書館のあり方? 『はだしのゲン』閉架問題は何が問題だったのか

社会

更新日:2014/4/28

■閉ざされた作品へのアクセス

 広島への原爆投下と、被爆した人々のその後の苦闘を描いた『はだしのゲン』。昨年亡くなった中沢啓治さんが自らの体験を綴った作品は、平和教育の教科書的な存在で、アニメになったり翻訳されたりして広く読み継がれてきた作品です。学級文庫として教室に備えられることもあり、小学校のころ読んだことがある方も多いはずです。

 ところが、この作品が島根県松江市の小学校の図書館で昨年12月から閉架措置になっていたということが明らかになり、様々な議論が起こりました。閉架(へいか)措置とは、図書館を使う人が誰でも手に取れる本棚ではなく、許可を得ないと立ち入れない場所に本を保管し、基本的に貸出も行わないというものです。

 町の図書館と異なり、学校の図書室は専用のスペースが無いことがほとんどですから、閉架となってしまうと図書室の貸出カウンターの中や、隣の準備室のような部屋にしまっておくことになります。生徒から希望があればそれを取り出して閲覧してもらうことは可能ですが、借りて家に持って帰って読むことはできなくなっていたのです。『はだしのゲン』の存在を知っていて、強く読みたいと思わない限りは、なかなかこのように閉架になった本を読もうとはしません。実質的に、『はだしのゲン』を読む機会はほとんど失われてしまっていたのです。

■閉架、そして撤回。

 このような措置が下された背景は少々複雑です。昨年8月ごろから高知市のある男性が、松江市に対して『はだしのゲン』を学校図書館から撤去するよう繰り返し陳情を行っていました。男性はビデオカメラでその模様を録画し、動画投稿サイトにも複数投稿しています。ブログにも綴られたその主張は、作品後半に中国で日本兵が中国人を虐殺するシーンがあったり、天皇を戦争犯罪者のように描いていたりする点が「反日的」で問題だ、というものでした。

 松江市の市議会はこの陳情を却下したのですが、これがきっかけとなって、市の教育委員会が改めて『はだしのゲン』を読んだ際、陳情にあったようないわゆる「歴史認識」ではなく、人が殺される場面などでの「過激な描写」が問題視されました。その結果、閉架措置が取られていたのです。

 このことが報じられると、「戦争の悲惨さと平和の大切さを説いた本を読めなくするとは」という批判から、「トラウマにもなりうる残虐な表現から子供を守るべき」と市の対応を擁護するものまで様々な反応が巻き起こりました。はだしのゲンはもともと週刊少年ジャンプに連載されていたのですが、後に掲載誌が共産党系の雑誌に移ったこともあり、当初の陳情が問題としたような表現が随所に現れます。このことについても疑問の声も上がりました。

 これを受けて、松江市教育委員会は8月26日に臨時の会議を開き、「手続き上の問題があった」として、はだしのゲンの閉架措置を撤回しました。閉架を教育委員会の事務局で決めた際、教育委員会に報告されていなかったこと、また各小学校の校長と協議されていなかったことなどが問題視されたのです。
こうして再び『はだしのゲン』は自由に手に取れる状態に戻ることになりました。

■今回の問題が問いかけたこと

 電子書籍の普及も少しずつ拡がる中、「本へのアクセス」の在り方が問われる出来事が続いています。最近では児童ポルノ禁止法の改正案の中に、マンガ・アニメの過激な表現が実際の犯罪に与える影響を調査するという項目が付け加えられたことに対して、批判の声も上がりました。

 今回の閉架問題についてはどうでしょうか?

 仮にいわゆる「自虐的な歴史観」で描かれた部分があるからといって、図書館におくべきではない、というのは憲法が保障する思想や学問の自由を損なうものですから、市議会がそれを却下したように到底受け入れられるものではありません。別の視点からの歴史の見方を教えるべきということであれば、特定の本の排除ではなく、多様な図書が読めるように働きかけるというのが筋でしょう。

 今回、特定の本を自由に読めなくするという重大な判断が、一部市民の陳情をきっかけに、やはり一部の関係者によって下されていたのは問題でした。今回、その措置が手続きの不備を認めて撤回された事は妥当だったといえるでしょう。

 では、残虐な表現やあるいは性的な表現についてはどうでしょうか? 今回の措置に対して「戦争を描いた作品なのだから、残虐なのは当たり前。その方が教育効果がある」といった声も聞かれました。しかし幅広い年齢の子供達が利用することになり、また蔵書点数に限りがある学校図書館に、どのような内容の本が備わっているべきか、は吟味されるべきです。

 筆者は学生時代にワシントンDCのホロコーストミュージアムを訪れたことがあります。ユダヤ人迫害の歴史を豊富な資料や体験型の展示によって学ぶことができる優れた施設ですが、この常設展は11歳未満の子供は見ることが出来ません。収容所での残虐な行為を当時の写真や再現展示で見ることは、やはり精神的なショックが大きいという判断あってのことでしょう。博物館には年齢制限なく見学できる展示も用意されています。

 もちろん一旦入場してしまえば否応なく展示を目にすることになる博物館と、「読む/読まない」を選択できる本とではまた事情も異なってきます。ただ、過激な表現が後に控えているような物語では、「PG12」(11歳未満は保護者の助言や指導が求められる)といった映画のレーティングのような仕組みがあっても良いのかも知れません。
日本や世界の図書館協会は「ある種の資料を特別扱いしたり、書架から撤去したりはしない」「図書館の利用に年齢等による差別があってはならない」と宣言しています。『はだしのゲン』だけに限った話ではなく、広く図書全般について、どのような本を備え、どのように読んでもらうのか、今回問題となったクローズドな形ではなく、オープンに議論し、検討が続いていくべきではないかと考えています。

文 = まつもとあつし(ITジャーナリスト)