苦手な世界文学は 「書き出し」をかじってみよう

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/23

学生時代、夏休みの宿題で苦戦したという人が多いのが「読書感想文」だろう。とにかく何か読まなくてはと本屋へ行き、「これなら薄いから……いける!」と選んだ、スティーブンソンのジキル博士とハイド氏や、カフカの変身を読んでみるも、意外と難解でページが進まず、しかもカタカタの名前の登場人物が全然頭に入ってこなくて投げ出してしまったという人、結局9月に入ってから本を写してなんとかごまかしたなんて人は多いのではないだろうか。また国語の教科書などで物語の断片は知っているけれど、なんだか難しそうだということから、例えばドストエフスキーやゲーテ、シェイクスピアなど文豪と言われる作家の作品に触れず、詳細を知らないままだったり、さらにはスウィフトのガリバー旅行記やセルバンテスのドン・キホーテ、マーク・トウェインのトムソーヤの冒険など、超有名作なだけに「知ったかぶり」をしてしまっているものもあるだろう。

 ではその面白さをどう感じたらいいのか? それは「書き出し」をまず読んでみて、面白いと思えるかどうか、吟味してみればいいのだ。昨年、紀伊國屋書店が「ほんのまくら」として、タイトルと作者、そして中身を見ずに、気に入った書き出しの文が印刷されたブックカバーの本を購入するという闇鍋状態のフェアを開催し、大好評だったことも記憶に新しいが、とにかく小説の「書き出し」というのは、作者が心血を注ぐ部分なのだ。書き出しが面白くなければ、誰もその先を読もうとはしないものだ。

 その「指南役」として、現在メイスン&ディクスン競売ナンバー49の叫び重力の虹など、現代を代表する作家のトマス・ピンチョンの全小説を翻訳中で、ガラスの街などを著したポール・オースターなども担当することの多い翻訳家・柴田元幸氏が、古今東西の世界文学の書き出しを新たに翻訳、約3ページ程度を紹介するという『書き出し「世界文学全集」』(柴田元幸:編・訳/河出書房新社)を出版した。

 収録されているのはマクベス(シェイクスピア)、宇宙戦争(H.G.ウェルズ)、白鯨(メルヴィル)、グレート・ギャツビー(フィッツジェラルド)、オズの魔法つかい(ボーム)、ドラキュラ(ストーカー)、カンタベリー物語(チョーサー)などの英米の作家を中心に、重訳(例えばフランス語やドイツ語から英語に訳されたものを日本語に訳す、いわば二重に訳されたもの)として源氏物語(紫式部)、ボヴァリー夫人(フローベール)など、かなりバラエティに富んだ全74作品だ。柴田氏は、かつて世界文学全集などでよくお目にかかった作品を選んだそうで、その冒頭を訳すことで、こういう本があるんですよという「愛の指差し」をすることが本書の目的だと語っている。また本書のページの左端には、書き出しの一文だけが大きく印刷されており、パラパラとめくって面白そうな一文から選んでみるという遊びもできる仕掛けもある(ちなみに本文最初の段落に登場する作家と作品は、すべて本書に収録されている)。

 翻訳はサービス業であり、自分が英語で得た情報を読者に日本語でどれだけ効率よく伝えるかの問題だと思っている、と翻訳夜話(村上春樹・柴田元幸:著/文藝春秋)で語っている柴田氏。その言葉通り、各作品には柴田氏による、より深くその作品や作家を知るためのメモも添えられている(中でも柴田氏が「この書き出しの一文はあらゆる書き出しのなかで最高じゃないかと思う。ひょっとしたら小説自体もあらゆる小説の中でも最高じゃないかと言いたい誘惑にかられる」と言うのは、トルストイのアンナ・カレーニナだそうだ)。

 あの夏に放り出した本、この「書き出し」を読んで面白そうだと思ったら、「読書の秋」までにもう一度チャレンジしてみてはどうだろうか。

 

文=成田全(ナリタタモツ)