村山由佳の書き下ろし小説『鱗』を本の読み放題アプリ『yomel.jp』にて独占公開 電子ナビでも序章公開中!

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2013/9/6

 “本の読み放題”を謳って、2011年にサービスを開始して以来、月額315円で1000冊以上の書籍を好きなだけ読めるというその手軽さから人気を高めている『yomel.jp』。

 そんな『yomel.jp』が今回、『おいしいコーヒーのいれ方』シリーズや、『ダブル・ファンタジー』など多くのヒット作を飛ばす村山由佳さんとタッグを組み、『yomel.jp』でのみ読むことのできる書き下ろし小説『鱗』をスタート。特別に序章のみを電子ナビでも公開!

鱗 村山由佳


©村山由佳

 それは夏の夕方のことだった。私は、坂の両側に商店の並ぶ下町らしい通りを抜け、歩いて家に帰ろうとしていた。

 ふと強い視線を感じて足を止めると、すぐそばのペットショップのガラス越し、こちらを見つめている仔犬と目が合った。黒々と濡れたきかん気そうな瞳。生意気に踏ん張った前足。きりりと巻いた尻尾。見たとたん、目をそらすことができなくなった。ずっと前からいつか飼いたいと夢に描いていた理想の仔犬が、とつぜん目の前に現れたのだ。

「でも……母にはどうせ反対されるし。あきらめるしかないんだけどね」

 翌日、清朝の壺の肩にうっすら溜まった埃(ほこり)を刷毛(はけ)で払いながら、私は店主にこぼした。窓から差しこむまばゆい光の束の中を、細かな塵(ちり)が雲母のように輝きながら漂っていた。

「いや、わからないよ」と、彼は言った。「そんなに怖がらずに話してみればいいのに」

 丸い眼鏡の奥で目もとが和む。それを見ると私はいつも、自分の体の奥に芯が通るような気持ちになるのだった。

 石畳の裏通りにひっそりと佇む骨董の店、『白蛇洞(はくじゃどう)』――近くに蛇神さまをお祀りする祠(ほこら)があるためにそう名づけられたのだろう、商売っ気のかけらもないその店を営む店主は、店構えと同じくとても物静かなひとだった。悠久の時を経た、おもに大陸から集まってくる品々が並ぶいちばん奥に、たいていは清潔な白いシャツを着て、時々は着流し姿で座っている。彼のそばに近づくとかすかに白檀(びゃくだん)に似たいい匂いがして、私は気づかれないようにそっと鼻から息を吸いこむのが常だった。

 私が子どもの頃から同じ場所に店を構えていたわけだから、もう結構な歳のはずだ。けれど私には店主が何歳なのか見当がつかなかった。丸い眼鏡といい、青白い額といい、昔からほとんど雰囲気が変わらない。着流し姿でいるとよけいに、まるで明治の文学者のようだった。

 昔から私は、近所の友だちと遊ぶよりも、ここへ来て一つひとつの品物の身の上話を聞かせてもらうほうがよほど好きだった。ただし、家には秘密にしていた。私が大切にしたいと願うものはたいてい、母には気に入ってもらえなかったからだ。父は子どもの教育に口を出さない人だったから、母が決めたことは絶対で、おもちゃも読む本も、身にまとう衣服も付き合う友人も、何から何までぜんぶ母が選んだ。私はそれらのすべてに黙って従っていたけれど、ただひとつ、この『白蛇洞』での静謐(せいひつ)な時間、店主のそばで過ごすひとときだけは、何があろうと決して取りあげられたくなかった。

 門前の小僧というのか、それとも三つ子の魂というべきか、ほんものの骨董のそれも名品ばかりをあたりまえに眺めて育った私は、気がつけばそこそこの目利きとなり、大学で美術史を学んだ後は店主に頼み込んでこの店で使ってもらうようになっていた。母はもっと〈いいところ〉に就職させたかったようだけれど、私の側にそう出来ない事情がある以上、そこは我慢してもらうより仕方がない。

 勤め先が家から歩いて行ける距離にあること――それが、私が外で働くための必須条件だった。
理由は単純。大学最後の年のある日を境にして、私は突然、電車やバスといった乗りものにまったく乗れなくなってしまったのだ。

村山由佳さんの書き下ろし小説「鱗」は、
電子書籍読み放題アプリyomel.jpで、読むことができます。
上記掲載の〈序章〉と本編〈前編〉は現在公開中。
後編は10月4日公開予定です。

 

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