号泣必至! 35歳マンガアシスタントが描いたがん闘病コミック

コミックエッセイ

公開日:2013/9/11

 今、あるベテランマンガアシスタントが自らの闘病生活を描いたマンガが泣けると話題になっている。それが、8月23日に発売された『さよならタマちゃん』(講談社)だ。作者は、『GANTZ』(集英社)などを手がける奥浩哉のもとで長年アシスタントを務めていた武田一義。そんな彼は、35歳という若さで精巣腫瘍という睾丸のがんに侵されてしまう。実は「若者中心のマイナーな「がん」といわれるこの精巣腫瘍、20代後半から30代の若年者に多いのが特徴。爆笑問題の田中やネプチューンの堀内などが、良性の精巣腫瘍で睾丸を摘出したことも知られるが、悪性でも「睾丸を取ってしまえば問題なさそう」「がんの中でも比較的軽そう」そんなふうに思えるかもしれない。実際、本人もまわりのがん患者の話を聞いて「僕の手術なんか玉1コ取るだけですから」と言っていたほど。しかし、実は進行の速さはあなどれないもので、武田の場合も肺に転移していたそう。そんな彼が送った闘病生活とは、一体どんなものだったのだろうか。

 抗がん剤の副作用にはさまざまなものがあるが、「味覚障害」もそのひとつ。シュークリームを食べると「泥の味」がするらしいし、ごはんも薬くさくて食べられなくなってしまうそうだ。そんななか、武田も妻に協力してもらって手作りのお弁当を持ってきてもらったり、あれこれ試してみたりしていた。しかし、治療歴1年のベテラン患者になると、ごはんには山盛りのふりかけ。おかずにはどぼぼぼぼぼっと醤油をかけ、「なんぼかましっ」と言いながら食べるのだ。「なってもない高血圧の心配してがんの治療ができるかい」というのがその人の言い分らしいが、確かにそれくらいの気持ちで臨まないとがんの治療は乗り越えられないのかもしれない。

advertisement

 また、睾丸のがんということなので、やはり恥ずかしい思いもした武田。入院初日から、担当医だけでなく他の医者や研修医がぞろぞろやってきて「患部を確認させていただいてよろしいでしょーか」と言われたそう。そして、治療の副作用によって「無精子症」になるので、「精子の冷凍保存」をしてはどうかとも言われた。しかし、その方法はなんと各種AVの取り揃えられた「処置室」でオナニーして採取するというもの。その処置室とはソファやテレビ、ヘッドホン、洗面台にティッシュと消臭剤まで完備された小さな部屋なのだが、病院の中にこんな部屋があったなんて驚きだ。

 薬の副作用で何度も吐き気に襲われ、ときには「治療うつ」になってイライラしたりしながらも、過酷な治療に耐えた武田だったが、彼にはさらなる試練が待ち受けていた。それが、発症率はとても低いが永続性の強い「末梢神経障害」という後遺症だ。マンガアシスタントにとって、手は命。「物心ついたときにはもう絵を描いていた」という作者にとって、ペンも持てないほどの状態はかなり辛いものだっただろう。それでも、「僕は生きてる何度でもどこからでもやり直せる」と、ペンの握り方も変え、また1から絵を描き始めるのだ。武田が病気になっても、「新しい人を雇うのは止めよう」「武田くんの復帰を待とう」と言って待ってくれた奥浩哉やアシスタント仲間。支えてくれた妻や医師、患者仲間。過酷な闘病生活でも、支えて、待っていてくれる人がいるからこそ耐えられたのだろう。

 作中で「命の代わりになくしたものはたいして重要なものじゃない」と語る武田。たしかになくしたものも多かったかもしれないが、手にしたものもたくさんある。この作品もまた、その結晶のひとつだろう。

文=小里樹