整形、リストカット、セックスワーク…“ブス”差別に苦しめられる女子たち

暮らし

2013/9/24




「全身整形美女」と呼ばれるモデル・ヴァニラをご存じだろうか。全身30箇所を2000万円以上かけて整形してきた半生がバラエティ番組で紹介され、いま世間からの注目を集めている一人だ。

 そのヴァニラが、人為的に骨を切断し、再生力によって骨の延長を促す「イリザロフ法」という手術を検討していると報道され、ネット上では賛否両論が巻き起こっている。そもそも幼少期に容姿が原因でイジメられ、父親にまで「ブサイク」と言われたことで、執拗なまでに整形をくり返すようになったヴァニラ。彼女の「きわきわ」な行為に、現代社会が抱える闇をのぞき見たような、恐怖とも絶望とも言い得ぬ複雑な感情を持った人も多いのではないだろうか。

 ヴァニラのような整形をはじめ、リストカットやセックスワーカーなど「社会のきわ」にある問題を、小説やマンガに材をとって論じているのが、評論家・藤本由香里氏の『きわきわ 「痛み」をめぐる物語』(亜紀書房)だ。氏は本書の中で、現代における美醜や外見をめぐる差別を明らかにしている。

 ヴァニラ同様、全身整形で完璧な美貌を手に入れたマンガのキャラクターとして思い浮かぶのは『ヘルタースケルター』(岡崎京子)のりりこだ。理想の美しさを手に入れる代償として強烈な副作用を伴う薬と定期的な再手術をくり返し、やがて周囲の人々に当たり精神的に不安定になるりりこ。藤本氏は「一見整えられた外見の下で、歪んでゆく中身。キレイで洗練された表面の、皮一枚に渦巻くどろどろの欲望、孤独、飢餓感――それは、まさに私たちが生きているこの社会、そのものではないだろうか」と指摘、社会の欲望に合わせて自分の体を捨て去ったりりこを「究極の自傷」と評している。

 “外見上の差別”の被害者は醜い女性に限ったことではない。突出した美しさも差別の対象となり得る。それをあぶり出したのが、絶世の美女・甲斐子と彼女に憧れる阿倍子の変身願望を描いた小説『整形美女』(姫野カオルコ/新潮社)である。

 甲斐子は整形により目を小さく鼻を低くして寸胴体型となり、術前には合格率ゼロだった就職試験に次々合格していく。一方、阿倍子は整形で甲斐子のように他人から羨まれるような美女となるが、自分の「あげ底」顔に新たな苦しみを覚えていく。

「手術前には気づかないのよ。“底”のことだけ考えているから。手術後にわかるの。問題は“あげ”だということに、“あげ”を隠す苦しみは手術前には想像もつかないのよ」

“普通”になって得をする甲斐子と、美しさに苦しめられる阿倍子。藤本氏いわく「曖昧な外見の人間はその意識をも曖昧にしていき、くっきりとした外見の人間は、常に自分に向けられる他者の視線によってしだいに意識を覚醒化させていく」のだという。

 人は多かれ少なかれ、外見上のコンプレックスを抱え、必死にそれを隠そうとする。しかしコンプレックスにばかり目をとられていると、自己否定にしかつながらない。

「いかにコンプレックスを“自己表現”にかえていけるか、それが容姿をめぐるすべての問題を解く鍵となる」

 整形によって簡単に外見が変えられるようになった時代、だからこそ改めて「外見」とはなにか、自分とはなにかを考えなければ流されてしまう。藤本氏の言葉にはそんな警告が含まれているのかもしれない。