「無料で読める本が私たちに問いかけること」 ――追悼 青空文庫呼びかけ人 富田倫生さん

文芸・カルチャー

2013/9/26

 

青空文庫,富田倫生,萩野正昭

図 1:追悼イベントで生前の富田さんの映像を紹介しながら、「貴重な人を失った」と声を詰まらせながら述べる(株)ボイジャー代表取締役社長の萩野正昭さん。

青空文庫の活動を継承するために

 9月25日、富田倫生(みちお)さんの追悼イベントが開催されました。富田さんは1997年に「青空文庫」の呼びかけを行った人物です。青空文庫では著作権の保護期間が終了を迎えた作品を、ボランティアが中心となってテキスト入力・校正が行われ、無料で公開されています。

 青空文庫のデータは、本文とルビなどのレイアウト情報が分けて提供されており、再利用も自由に行えるため、アマゾンKindle、アップルiBookstore、楽天koboなど主要な電子書店がこれを利用しています。青空文庫という言葉を知らない人でも、電子書籍端末を購入した際、無料で夏目漱石などの文豪の名作を読んだ、という方は多いはずです。

 自身の著書「本の未来」が絶版になったことをきっかけに、青空文庫をスタートさせた富田さん。単に本を電子化するだけでなく、インターネットを活用し「青空を見上げれば、そこに本が開かれるような感覚で、読めるようになるはず」という夢に共鳴した人々によって、現在約12000作品が電子化され青空文庫に収録されています。無料で読めるだけでなく、電子化されたデータを自由に利用できるため、教材や朗読大会のイベントにも活用されていることがイベントでは紹介されました。富田さんと長く本の電子化に取り組んできたボイジャーの萩野さんは講演の中で、視聴覚障害を持つ人から「これこそが自分たちにとっての『本』です」というメッセージを受け取ったというエピソードに触れました。図書館の電子化に精力的に取り組んできた、国立国会図書館前館長の長尾真さんは、「知識は万人のもの」という考えをやはり講演で強調していましたが、青空文庫の取り組みはまさに電子図書館の在り方を実践で示したものだったといえます。

 61歳という若さで亡くなった富田さんの遺志を継ぎ、青空文庫の活動を続けていくために、「本の未来基金」が創設され寄付の受付が始まっています。また、イベントでは富田さんの「この船(青空文庫)は新しい水夫を求めています」というメッセージも紹介され、電子化や運営に協力してくれる人々を募っていることもあわせて述べられていました。

 

デジタル時代の著作権を見据えて

津田大介,平田オリザ,長尾真,萩野正昭,福井健策,大久保ゆう

図 2:パネルディスカッションでは、ジャーナリストの津田大介さんの司会のもと、長尾さん・萩野さん・福井さんに加え、劇作家・演出家の平田オリザさん、青空文庫の大久保ゆうさんが著作権の在り方を議論しました。

 青空文庫の存在を可能にしている大きな要素は、作者の死後50年で著作権がその期限を迎える仕組みです。青空文庫のように期限を迎えた作品が、自由に利用されることによって、社会にその作品が知られ、時代に即した新しい解釈によって生まれ変わり、愛され続けられる――そのことこそが大切なのだと、イベント後半のパネルディスカッションの登壇者の皆さんは述べていました。

 ところが、現在進められているTPP交渉によって、この期限が70年に延長される可能性が出てきています。イベントで講演を行った弁護士の福井健策さんは、「著作権の期限を延長しても、メリットは無い」と指摘しています。死後50年以上経ってなお、刊行されるような作品は全体の約2%に過ぎず、作者の遺族にもたらされる利益はほとんど期待できないからです。また福井さんが懸念するのは、利用の許諾を取りたくても、作者の遺族と連絡が取れなくなったり、そもそも作者が亡くなった年すらも分からなくなってしまう可能性が、期限の延長によって高まってしまうという点です。そういった作品はいわば「孤児」のような存在となってしまい、日の目を見ないまま忘れ去られ、散逸してしまう恐れがあります。交渉が進んでいるTPP、そして現在の著作権の前提となっているベルヌ条約といった国際条約はいったん締結してしまうと容易に変更することはできず、国内のルールにも大きな制約を与えてしまうため、慎重な対応をしてほしいと、福井さんは言います。

 パネルディスカッションでは、現在、利用の「許諾」に重点が置かれている著作権法が、孤児作品を生む一因ともなっており、利活用が促進されるデジタルの時代には即していないこと、作者を支えた遺族に対する敬意としても「報酬請求権」にこそ軸足を移すべきではないか、という思い切った提言も行われました。

 関係者の努力にも関わらず、電子書籍はこれまでなかなか普及せず、夢のような存在とされてきました。それがとても身近なものになりつつある今、富田さんが生涯を賭けて育てた青空文庫の目指す理想と、そこから私たちに投げかけられる課題への関心は、ますます大切なものになっていると言えるはずです。

文=まつもとあつし