ナウシカの愛機“メーヴェ”が空を飛んだ! 架空の一人乗り機を作った男の実話

マンガ

更新日:2013/10/2

 宮崎駿監督がジブリ映画最新作『風立ちぬ』を最後に引退を発表した9月。時同じくして、ネットで大きな話題になった動画がある。

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 晴れ渡る空の下、草原の滑走路からフワリと浮かび上がる白い機体。その形はまさしく『風の谷のナウシカ』に登場するナウシカの愛機“メーヴェ”だ! ドイツ語でカモメを意味する、白く優美なこの飛行機に「一度でいいから乗ってみたい!」なんて思っていた人も多いはず。

 この夢を実現したのは、メディアアーティストの八谷和彦さん。ピンクのクマがメールを運ぶ「ポストペット」やジェットエンジン付きスケートボード「エアボード」など、最新テクノロジーを融合させた作品を世に送り出してきた新ジャンルアートの先駆者だ。

 八谷さんがメーヴェ制作に着手したのは2003年、37歳の時のこと。イラク戦争の開戦を機に「これから現れるナウシカのために」、調停のための乗り物“メーヴェ”を作ろうと思ったのがきっかけだったという。

 最初は模型、次に実寸サイズの機体を制作し、ゴムで引っ張るグライダーでの飛行訓練を経て、ようやくジェットエンジンで飛翔するまでにかかった歳月はなんと10年間! その制作秘話をまとめた書籍『ナウシカの飛行具、作ってみた 発想・制作・離陸― メーヴェが飛ぶまでの10年間』(八谷和彦、猪谷千香:著、あさりよしとお:イラス/幻冬舎)が9月12日に発売された。

 本書には、なぜ、どのようにメーヴェを実現させたかが事細かに記されている。書籍によれば、メーヴェあらため「M-02」の全幅は9.63m、全長は2.67mとかなり大きく、最大離陸重量は173kgと想像以上の重さ。開発にかかった費用は、なんと9000万円とか! “無尾翼機”と呼ばれる飛行機離れしたシルエットの設計から、ジェットエンジンの搭載、燃料系統の問題の解消にいたるまで、制作は困難の連続だったようだ。

 実機制作にいそしむ一方で、メーヴェを操縦するパイロットとしての訓練も積む八谷さん。グライダーや超軽量動力機(トライク)で飛ぶことの基本を学び、カポエイラでバランス感覚を養ってパイロットとしての腕を高める過程も面白い。ヒラヒラと自由自在に空を飛びまわっていたナウシカが、いかにすごい神業を披露していたかが伺えるのが次のくだりだ。

「期待と自分が今、飛べるコンディションにあるか。向かい風や横風は、どの程度の風速までなら許容できるか。風が吹く中、着陸点までどういう経路でアプローチするのがベストか。一瞬の判断ミスが、命に関わりますから、状況を冷静に俯瞰しなければなりません」

「飛ぶ日は晴れよりも曇り空がよいということも知りました。太陽が出ていると、舗装された道路と芝生で温度が違うみたいに、空気も均質ではなく、でこぼこしたように感じます。均質ではない空気は圧力差を生じ、圧力差は風を生み、左右、前後、上下あらゆる方向から吹いてきます」

 と、ナウシカが言う「風を読む」とはどういうことかが具体的に伝わってくるリアルなレポートも見どころだ。また、なかにはこんな飛行トリビアも。

「ハンググライダーをする人たちの間には、“ツラメーター”という特別な言葉があります。顔の表面に生えている産毛のわずかな動きで風を感じ取ることをいい、ツラメーターのために、フルフェイス型のヘルメットよりもハーフカップ型のヘルメットを好む人もいるぐらいです」

 いわく、一流の風使いであるナウシカも、「ツラメーター」が鈍るようなメイクはしていないはず! と“ナウシカすっぴん説”が飛び出すなど、「空想科学読本」シリーズのような楽しみもある。

 “逆風”に煽られながらも、膨大な費用と歳月をかけながら完成までこぎつけた執念、アイデア、そしてパイロットとして成長していく過程に胸が熱くなる。飛行機が好きな人や『風の谷のナウシカ』ファンはもちろん、“空に憧れて、空を駆けてゆく”ことを夢見る人すべてにオススメしたい1冊だ。

文=矢口あやは