「正義のための戦いなんてない」やなせたかしがアンパンマンに込めた思いとは?

マンガ

公開日:2013/10/19

 人気アニメ『アンパンマン』で知られる漫画家のやなせたかしが10月13日、心不全で逝去した。享年94歳だった。

 自分の顔をちぎって人に食べさせる。そんな心優しきヒーロー・アンパンマンが誕生した背景には、やなせの戦争体験があったという。21歳で召集され26歳まで軍隊で過ごした。終戦間際には、上海決戦に備え1000キロの行軍をした。そして飢えに苦しんだ。こうした体験からやなせは痛烈に思った。「肉体的苦痛は、いつか慣れる。でも、ひもじさだけは何より情けなく、何よりも耐えがたい」と。さらに帰国後は弟の戦死という悲痛な出来事も。こうした戦争体験がアンパンマンを生んだという。

 そんなやなせの“思い”が集約された名言集が遺されている。『やなせたかし 明日をひらく言葉』(PHP文庫)はそのひとつだ。

 「この社会で一番憎悪すべきものは戦争だ。絶対にしてはいけない」

 「今の日本では飢えが身近にないので、実感がわきにくいかもしれない。だが、しばらく何も食べないでいれば、飢えのつらさは体験できる。本当に飢えているときには、どんな大金より、一切れのパン、一杯のスープのほうがずっとうれしい」

 戦争と飢え。さらに戦争終結によってこれまで信じてきた「正義の論理」さえもがひっくり返ってしまう。「正義は不安定なもので、ある日突然逆転する」「正義のための戦いなんてどこにもないのだ」と。

 しかし逆転しない正義もある。それが献身と愛だ。そして弱者を助けること。自分の身を削って人を助けるアンマンパンにはそんなやなせの想いが凝縮されたものだった。

 「正義を行おうとすれば、自分も深く傷つくものだ。でもそういう捨て身、献身の心なくして、正義は決して行えない」
 「正義に勝ち負けなんて関係ない。困っている人のために愛と勇気をふるって、ただ手をさしのべるということなのだ」

 やなせのこだわる「正義」。それをテーマにした著書もある。『わたしが正義について語るなら』(ポプラ社)だ。

 やなせはアンパンマンを書いたのは「本当の正義」を伝えたかったからという。アンパンマンはヒーローだが情けない。弱点もたくさんある。そして相手を決して殺さないし、「自分はエライ」と自慢しない。

 「正義を行う人は非常に強い人かというと、そうではないんですね。我々と同じ弱い人なんです」

 アンパンマンは人が喜んでくれることが一番うれしい。決して最強ではないが、身近な人の幸せを願い、困った人を助けることこそが正義なのだと。一貫して「愛と勇気」を伝えたアンパンマンは今後も多くの人びとに親しまれ続けるだろう。

 「人に迷惑をかけたくない」。アンパンマンの生みの親でありアンパンマンそのもののような“やなせの遺志”により、葬儀は近親者のみで行われたという。心優しきヒーローの冥福を祈りたい。