実家に10年以上ひきこもった45歳男は社会復帰できるのか?

社会

公開日:2013/11/15

 今「ひきこもりの長期化と高齢化」という問題が深刻になってきている。若いころからひきこもりを始めた人がそのまま30代、40代、50代と年を取っていくのだが、そのひきこもりの子どもの面倒を見る親世代も60代、70代、80代と高齢化していき、年金収入だけのギリギリ生活という家庭が増えているのだという。その問題について書かれたのが『ドキュメントひきこもり―「長期化」と「高年齢化」の実態』(池上正樹/宝島社)で、この本が紹介された新聞記事を読み、「自立のためのアドバイスがほしい」と連絡してきたのが『ダメダメな人生を変えたいM君と生活保護』(池上正樹/ポプラ社)の主人公、M君だ。

 M君は今年で45歳。中学でいじめられ、高校デビューを目論むも再びいじめられ、大学を目指して浪人。大学でもまわりになじめず、卒業時も就職浪人をして、アルバイトや苦労して見つけた就職先の職場でも人間関係になじめず退職。その後はアルバイトを転々とし、10年ほど働くがやはりどこにもなじめず、変わっているといわれ続ける。そしてM君が30歳を過ぎた頃、就職していたころから少しずつ買っていた株を売却し、それを元手に山一證券の株を買って勝負に出るが、山一證券は御存知の通り1997年に破綻。株はすべて紙くずになってしまい、M君は財産まで失ってしまう。そして「物心つく頃から、期待して裏切られたときの傷の痛みを恐れるあまり、初めから何も期待しないという生き方に、すっかり慣れてしまった」と書き記し、どこにも居場所がないと、ひきこもってしまうようになる。

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 家庭環境も複雑だ。同じ職場で働いていた父と母が結婚し、その半年後に母方の祖母を引き取って一緒に暮らし始めるが、父はその頃から家に生活費を入れず、祖母の介護をしながら母がパートで家計を支えていたそうだ。その父もM君が高校生のときに家を出て行くが、別居するだけで籍はそのまま、しかも父は借金まみれになって色々あった挙句、M君が40歳を過ぎてからまた同居することになる……そのほかの詳細は本書に譲るが、「複雑」という言葉だけでは片付けられない、かなり異様な家庭環境だ。

 そしてM君がひきこもったことで家計は逼迫していく。パートを定年になった母の年金だけで生活していることを申し訳なく思い、この状態から抜け出したいと思うようになるが、人との距離が上手く取れず、非常によくしゃべるが話が脱線し、その脱線について「すみません」と謝り、車を運転すれば「人を轢いてしまうかもしれない」と恐怖におののき、東日本大震災では「ボランティアしたい」と池上氏に連絡して同行するも、待ち合わせ場所へ辿りつけない、被災地に行ったら行ったで数日で帰ってしまうなど、やる気満々であるにもかかわらず色々なことが気になって行動できなくなってしまうのだ。これでは職場や学校で「変わってる」と疎まれてしまうことだろう。

 多くのひきこもりの人に取材をしている池上氏は、「ひきこもりの心性を持つ人たちは、正しいかどうかの判断を相手に委ねて、その中から自分の行動を決めようとしていることが多いのである」と書いている。人と関係性を結びたいと思いながらも挫折し、誰も気に留めない道端の石ころになりたいと願うようになっていたM君。行きつ戻りつしながら、様々な出来事と多くの人の支援を得て生活保護を申請することになり(もちろんここでもすったもんだがある)、自立を目指していく。

 M君の3年間の歩みを追う本書は、「ひきこもり」の背景には長年にわたって蓄積してきた様々な出来事や思いがあり、周りまで不幸にしてしまうということをあぶりだす。そして「ナマポ」などと揶揄される生活保護が、こうした本当に困っている人たちを救う最後の砦であることもよくわかる。M君は果たして自立出来たのか、ぜひ本書で確認して欲しい。

文=成田全(ナリタタモツ)