特撮がうつ病も退治!? 『ウツ妻さん』から読み解くヒーローの効能

暮らし

公開日:2013/11/16

 家族や恋人が心の病を得てしまったとき、自分にできることは何か?

 そんな不安や心配を感じている人にとって、参考になるのが先人たちの体験記だろう。今回紹介する『ウツ妻さん』(亜紀書房)も、そのひとつ。『へんないきもの』(新潮社)などの著作で知られる早川いくを氏が、“ウツ妻”トトコさんに全力で振り回されつつ支えてきた3年間を、ときにはハードに、ときにはウェットに、全体的にはユーモアを忘れずカラッとした調子で綴っている。

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 と、ここまでの解説だけでは、いわゆる“イイ話”に終始した内容をイメージしてしまうと思うのだが…なんともドッコイ。もちろん“イイ話”や参考になる話も随所に織り込まれており、早川夫妻の苦難に心底同情してしまうのだが、それを踏まえてもなお余りある「へんなエピソード」により、本書は他の体験記と大きく一線を画してしまうのである。

 そのカギを握るのが「昭和の特撮ヒーロー」だ。病気のためにすべての意欲が失われ、悲嘆に暮れる毎日に差し込んだ正義の光。早川氏がコレクションしていたヒーロー番組のビデオを観ているときだけ、トトコさんは喜怒哀楽を取り戻す。しかも、驚くほどの情熱で!

──「あたしもキャシー(『愛の戦士レインボーマン』に登場する悪役美女)みたいになる! 痩せてきれいになって死ね死ね団に入れてもらう」他人には決して理解されないであろうことを宣言し、トトコは鼻息荒くダイエットを始めた──

 ぬいぐるみや愛玩動物など、妻の苦痛を癒すため、早川氏が与えた数々のアイテムよりも強烈な効力を発揮する、レインボーマンや怪傑ズバットといったヒーローたち。特撮ファンなら、本書に登場する作品がどれも『マツコ&有吉の怒り新党』で取り上げられるような、今観ればツッコミどころ満載の番組であることがわかるだろう。

 その都度「ってオイ!」とテレビに向かって叫びたくなるシーンの連続から生まれる熱中が、トトコさんにとって、ある種の癒しとなったことは容易に想像できる。しかし、その一方で、人間としての“正しさ”が過剰である故、社会的には逆にアウトローとなってしまう(一部の)昭和ヒーローたちの姿に、自分を重ね合わせることもあったのではないか。

 『愛の戦士レインボーマン』の主人公ヤマトタケシは、日本人抹殺を目論む「死ね死ね団」の存在を誰にも信じてもらえないまま、孤独な闘いを続ける青年だ。もともとは富と名声のために会得した超能力を、自分をまったく評価してくれない人々のために使わざるを得ない境遇に苦悩し、時に挫折をしながらも、自分の正義を貫く。

 早川氏が本書で例にあげる「エアコンのカタログに出てくる家族」よろしく、手を変え品を変え“幸せの標準”を押し付けてくる今の世の中。提示される“標準”の前では、個性や嗜好、はては正義ですら、不要なモノと思わされてしまう。そこから生まれる不安や孤独に悩まされている人は、トトコさんやヤマトタケシだけではないはずだ。

 もちろん、好みの問題があるので、誰にでもオススメできるわけではないが、あなたの家族やパートナーが、もし“標準”とのギャップに悩んでいる様子があったら、早川夫妻のように、昭和の特撮ヒーロー番組を一緒に観ることが、ひとつの糸口となるかもしれない。そのインパクトが与える影響は人それぞれだが、今抱えている悩みを共有するための、きっかけ程度にはなってくれるのではないだろうか。

文=石井ヒー郎