うつのプロがジャッジ! 「行ってもイイ精神科とダメな精神科」って?

健康

公開日:2013/11/21

 みなさんは「精神科」と聞くと、どのようなイメージが浮かぶだろうか。

 ドラマや映画で描かれがちな、白い壁に囲まれた真っ白な閉鎖病棟や白衣を着た無表情な医師たち。あるいは『精神科医・伊良部シリーズ』をドラマ化した『Dr.伊良部一郎』のような、一風変わったドクターだろうか。いずれにしても、「うつ」やメンタルヘルスという言葉が以前よりちょっぴり身近に響くようになったものの、多くの人にとって精神科の診療現場は、いまだ未知の領域であるのが現状かもしれない。

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 そんな中、『行ってもイイ精神科、ダメな精神科』(ひろ新子/バジリコ)なる、前代未聞の精神科診療所ルポが出版された。

 「まえがき」によると、現在60代女性である著者は、ある日突然老人性の「うつ」状態に陥った。ふと「日本中のうつの患者たちは、いったいどのように精神科を受診しているのか。先生との相性はいいのか。3分間診療ではないのだろうか。薬の処方はどうなっているのか?」等、疑問と興味が山のように湧き上がり、東京23区の精神科や心療内科を“1区1軒” 自ら初診患者として受診し、その実態をルポすることを思いついたというのだ。

 「うつ」と称して、都内23区の精神科にかかって歩く。予約を入れたクリニック付近に診察1時間前に到着し、下見をしたあと、近くの喫茶店でコーヒーを飲みながら「うつ」症状をメモしたノートを開いて診察のシミュレーション。さらに、隠し録りのためのボイスレコーダーをそっと確認。もはや完璧なる取材態勢。そもそも保険診療でそんなのありなのか!? しかも「うつ」状態なのに、このバイタリティーの強さって一体…。

 次々に浮かぶ疑問は「まえがき」で早くも開示される。この方、実はアングラ女優で、80年代には田口トモロヲらとパンクバンド「ガガーリン」を組み、ボーカルもつとめた表現者。いわゆる全共闘世代だそうだ。現在はアングラ女優かつ、新宿・ゴールデン街の飲み屋のママ。かなりアウトサイダーな経歴である。しかも突如ひらめいて、40代で一念発起し大学で心理学や精神医学を勉強。カウンセリングを学び、精神保険福祉士(国家資格)を取得、その後50代の終わりまで精神科クリニックや精神病院で勤務していたプロである。巻末の「あとがき」では、既知の編集者と、精神科を受診しながらルポルタージュを書く段取りができていたことも明らかにされている。

 そんな彼女だからこそ、実際にメンタル不調を抱えながら23軒もの精神科をレポートして歩くことができたのだろう。保険診療で23軒の精神科にかかることの是非については、著者が実際に精神の不調で苦しんでいたことから、ここで深くは掘り下げない。注目すべきは今どきの精神医療の現状が、ことこまかにレポートされている点である。行かずして、そのクリニックの状況が、手にとるように見えてくる。患者の話に30分じっくり耳を傾け、薬はなるべく処方しないスタンスの医師から、顔も見ずにPCの電子カルテに症状を打ち込み、薬をどっさり処方する3分診療のダメ医者まで、患者のみが知ることのできる精神科医師、23者23様の診察ルポがひたすら興味深いのだ。

 また、診察時のやりとりを通じて、かつて離婚を経験し重度のうつを患った、著者自身の人生もかいま見えてくる。

 「仕事」だし「取材」だから「それらしく装う」と書きつつも、現在のしんどさを訴えわかってもらおうと試み、医師にその度量がないと見るや、自身の現場経験や知識をもって医師の人柄や診察ぶりを品定めする。医師からすればイヤな患者に豹変し、内心でこっそり毒づく。本書の後半では、いったい救われたいのか、ダメ医者を断罪したいのか、どちらなのか、渾然とする。強靭な面をもつ著者も、おそらく取材を進める間に、さすがに少しづつ消耗していったのではないだろうか。

 その一方で、胸の奥にあるものを「言葉」として自然と溢れ出させてくれる、傾聴が上手な医師と出会うと、「きちんと受け止められると、人は優しい気持ちになる」と、トゲトゲしていた著者の心がすっと癒されてゆく。薬で脳内物質を調整することはできても、それは根本治療では決してないのだ、ということがよくわかる。

 約6カ月かけて23区の精神科・心療内科を受診し、著者が○(合格)だと感じた医師は23人中11人。ちなみに○の条件は、患者に寄り添い話を丁寧に聴き、薬は極力出さないこと。対する×の医師は12人。その理由は、患者の話よりも自分の自慢話や余計な説明が多い、診療時間が短く、薬を山ほど処方するのにその説明がいい加減なこと、等。23区内の“行ってもイイ精神科とダメな精神科”は、およそ半々だった。この結果からわかるのは、精神科の診療において「話も聞かずに薬をたくさん処方される」とか「なにか合わないな」と感じたら、ある程度のドクターショッピングはしたほうがいいということだろう。

 読後、とある職場ストレスの勉強会で精神科医師に聞いた話を思い出した。精神科の医師が病気の判断をする際には、患者本人の話(主観的な体験)をもとに、診断基準のガイド(『DSM-IV-TR』)を参考にするという、科学的手法を欠く場合も少なくないらしい。しかも多くの精神科医師は、性善説派であるとのこと。ゆえに、詐病や新型うつを装う患者の自己申告にダマされてしまうこともあるのだという。その医師は「いや、それでも患者さんの話は信じますけど」と、神妙な顔をしていた。

 ちなみに著者は、重要な既往症の情報を、医師によって話したり話さなかったりと、必ずしも常に一定の態度で診察を受けてはいなかった。従って、医師ごとの診断や薬の処方はまちまちであった。また専門家によれば、本書は医学知識について一部正確さを欠く記述が含まれているという指摘もある。ということを頭のすみにおきつつ。

 人の心は複雑で、極めてデリケートなものである。本書は、現代の日本において心を取り扱う精神科の世界をのぞき見た貴重な資料であり、精神科や心療内科のトビラの内側で起きていることを教えてくれる、意義深い一冊といえるだろう。

文=タニハタマユミ