『銀の匙』の舞台、北海道へ 北尾トロが“聖地巡礼”

マンガ

公開日:2013/11/25

 マンガや小説には地方を舞台にした魅力的な作品が多い。そのことに気がついたライター・北尾トロの脳裏に浮かんだ“聖地巡礼”の文字。よりアクティブに読書の秋を楽しむため、旅を決めた北尾一行が選んだ目的地は北海道の東側。観光など二の次、本を基点に組み立てられた旅の顛末は!? 『ダ・ヴィンチ』12月号ではご当地作品の紹介から、その旅の全道程をルポ形式で掲載している。

 午前9時、帯広空港に降り立った私と画伯、カメラのハラダはすぐさまレンタカーに乗車。『銀の匙』に出てくる神社のモデルとされる、帯廣神社に向かった。

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 アニメ化もされた同作品は“聖地巡礼”も盛んと聞く。もちろん作品の魅力あってのことだが、帯広というのがいいんだと思う。北海道の観光拠点は圧倒的に札幌。函館、小樽あたりがそれに続き、道東の町は少々影が薄い。その気があってもなかなか行く機会がない人が多いだろう。

 しかし、『銀の匙』の世界に触れようとすれば、いかに北海道が広くとも帯広一択。心は『銀の匙』一色なので、訪問先もピンポイントで決められる。帯廣神社には馬の形をした珍しい絵馬があるため観光客も訪れるが、たとえ平凡な場所であっても巡礼者には特別感がある。他の人が100%スルーするところでワクワクできるなんて、すごいことだと思う。

 この日はオマケもついてきた。境内で蝦夷リスを発見。生き物好きの画伯がさっそくカメラを構え激写開始。ちなみに画伯はこの日の午後、ベニテングタケの群生に出会い、このふたつだけでも帯広に来た値打ちがあるとご満悦であった。

 馬好きな私が興奮したのは帯広競馬場だ。あいにくレース開催日ではなかったものの、隣接する「馬の資料館」で道産子名馬の写真や馬具を見学。北海道開拓と馬の切っても切り離せない関係を示す資料を堪能した。『銀の匙』の主人公・八軒が乗馬部に入り、文化祭の出し物が道産子レースであったのは、馬が可愛くてけなげだからではないのだ。作品の理解と言うのは大げさかもしれないが、土地柄の理解に一歩近づいた実感がある。

「遅れてすみません!」

 所用で午後からの合流となった編集Kを空港でピックアップして緑ケ丘公園に案内する。道中、点在する牛の牧場に目を見張るK。そして公園は……芝生だけの空間が野球グラウンド4つ分ほど、どかーんと広がっていた。

「東京だったら遊具などで空間を埋めようとするでしょう。北海道でしかあり得ないゼータクな空間ですね」

 Kが感想をもらすように、本当に痛快な光景なのだ。『銀の匙』はホロ苦い酪農産業の実態を笑いのコロモで包んだ作品だが、奇妙に明るい雰囲気の根幹は、この圧倒的な開放感にこそあるのではないか。広いということは、問答無用で偉大なのだ。画伯もそう思わないか(ベニテングタケに夢中で聞いてない)。

 公園の後は食事。これは作品にも登場する帯広名物・豚丼で決まりだ。下調べしてきた老舗店にレッツゴー。

「おまちどうさま」

 出てきた瞬間、我々の目は点になった。秘伝のたれを絡めた豚肉が丼からはみ出さんばかりの勢いなのだ。一口食べたハラダが感極まり、声を絞り出す。

「肉が、米が、うますぎる」

 ワシワシワシ。全員無言で箸を動かす。とにかく熱いうちに食べ切りたいのだ。食後の感想は全員一致。この豚丼だけで、今回の旅は成功と断言できる、だった。

 勢いづいた一行はいよいよ、八軒が学生生活を送る大蝦夷農業高等学校のモデルとなった高校へ。さらに本年上半期の直木賞受賞作『ホテルローヤル』(桜木紫乃)の出身地・釧路で、今は亡きホテルローヤルの面影探しに……。その残りの道程も同誌で楽しめる。

構成・文=北尾トロ/ダ・ヴィンチ12月号「走れ!トロイカ学習帖」