特集 『鍵のかかった部屋』の名バイプレーヤーが登場! 貴志祐介書き下ろし新作作品を無料公開

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更新日:2014/2/28


とある広場で“あの人”

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今月の“あの人”は…『鍵のかかった部屋』

芹沢豪(せりざわごう)

『鍵のかかった部屋』 貴志祐介 / 角川文庫

作家協会賞、08年『新世界より』で日本SF大賞、10年『悪の教典』で山田風太郎賞、11年『ダークゾーン』で将棋ペンクラブ大賞特別賞受賞など、受賞歴多数。近著に『極悪鳥になる夢を見る 貴志祐介エッセイ集』がある。「F&F セキュリティ・ショップ」の店長にして、自称・防犯 コンサルタントの榎本径を探偵役とするシリーズ(既刊『硝子のハンマー』『狐火の家』『鍵のかかった部屋』)は、『鍵のかかった部屋』のタイトルで2012 年4 月クールに連続ドラマ化された。ドラマ化にあたって人物設定に多少変化があり、芹沢豪は原作にはないドラマ版のオリジナルキャラクター、榎本径とコンビで謎解きに挑む弁護士・青砥純子の上司にあたる。『小説 野性時代』12月号に掲載された「鏡の国の殺人」を原作としたスペシャルドラマが2014年に放送予定。

『鍵のかかった部屋』番外編

一服ひろばの謎【第一話】貴志祐介


©Getty Images

 芹沢豪(せりざわごう)は、はたと当惑していた。ここに集まっているのは密室殺人事件の関係者である。この肝心なときに、防犯オタク、密室マニアの榎本径(えのもとけい)は不在だった。代わりにいるのは、うちの法律事務所で一番頼りにならない青砥純子(あおとじゅんこ)だけだ。

 自分はただ、クライアントを訪問した帰りに、コーヒーを一杯飲もうと思っただけだ。セルフサービスのコーヒーショップでショートサイズを買い、天気がいいのでつい広場で飲もうと青砥を誘ったのが間違いだった。問題は、自分が芸能人並みに顔がさすのをうっかりしていたことである。このところ何度もテレビに出演したせいもあるだろうが、持って生まれた存在感というかオーラは、どうしても隠せないものらしい。

 声をかけてきたのは、服部一郎(はっとりいちろう)という小柄な男だった。高価そうなコーデュロイの上着にフランネルのシャツを着ていた。一部上場企業を定年退職し、今は悠々自適の身という。密室事件を次々と解決している弁護士の芹沢先生ですねと言われ、持ち上げられて、つい、この世に真の密室などというものは存在しない、不自然なトリックを弄した事件はかえってボロが出やすく、どんな事件も簡単に解決できますよと大見得を切ってしまった。

 この広場で事件が起きたのは、一ヶ月ほど前のことらしい。志賀理郎(しがまさお)という貿易商が、急死したのだが、警察は自殺と判断したという。すでに現場保存のためのテープの類いは見当たらず、周囲の店も平常通り営業している。

 今日ここには、そのときの関係者が集まっていたが、誰もが、志賀が自殺したとは思えないと口を揃える。「志賀には、自殺する理由はありませんでした。そもそも、エゴイストで精神的にタフで、どんなことがあっても自殺するようなやつじゃないんですよ」と服部。

「……ところが、状況からは、事故や殺人とも考えられないんです」

 そう言ったのは、青山佳利(あおやまよしとし)という神経質そうな男だった。親から受け継いだ工場を経営しているらしい。

「志賀は、そこのコーヒーショップでコーヒーを飲んで談笑してたんですが、広場に出て喫煙していました。それが、突然苦しみだすと、ばったり倒れたんです。目撃者は何人もいますが、そばには誰一人いなかった」

 芹沢は、すばやく頭を働かせた。事件ではなく、どうすれば、この場を脱出できるかについて。

「広場ですか……? では、密室じゃないですね。私は密室以外は専門外なんですよ」 

 よし。うまい言い訳ができた。芹沢は、腰を浮かせかける。

「あ。だけど、衆人環視で人が近づけなかった場所も、一種の密室と呼ぶらしいですよ。榎本さんが言ってました」

 青砥が余計なことを言う。芹沢は、むっとした。なぜ、おまえは上司の足を引っ張る。

「先生。まあ、一服いかがですか?」

 服部が、笑顔でタバコの箱を差し出した。

「いや、けっこう」

 芹沢は、冷たく断った。インタナショナルなエグゼクティブのライフスタイルとしては、脂肪の多い肉は避け、有機野菜を食べ、フィットネスジムに通う。夜更かしすることなく、早寝早起きを心がける。アルコールは常に控えめで、家に灰皿は置いてないのだ。

 そういえばと、芹沢は広場を見渡した。ここでは大半の人間が紫煙をくゆらせている。皆、妙に打ち解けて、リラックスしているようだ。

「ここは、通称、一服ひろばなんです」

 芹沢の疑念を読み取ったように、中年女性が言う。さっき大場広子(おおばひろこ)と名乗った美女だ。死んだ志賀理郎の別れた妻で、輸入雑貨店を経営しているらしい。

「あ。じゃあ、いただきます」

 驚いたことに、青砥は、服部からタバコを貰って口にくわえ、火をつけて貰っている。喫煙するところは初めて見た。青砥はうまそうに煙を吐き出し、期待に満ちた目を芹沢に向ける。おまえは、観客じゃなくて、謎を解く側の人間だろうが。腹立たしいが、今はそんなことを言っている場合ではない。ここで逃げ出したら、何を言われるかわからない。せっかくの評判に傷が付きかねないのだ。芹沢は腹を決めた。

「私は、昔から、もったいぶる名探偵は大嫌いでね」

 馬鹿、止めろと心の中で制止する声が聞こえたが、あえて自分を追い込む発言をする。

「お話は、よくわかりました。今この場で、サクッと謎を解いてご覧に入れますよ」

 気を持たせるように一同を見回す。モチベーションになるのは、大場広子だけだった。とっておきの笑顔を彼女に向けると、どういうわけか強張った表情が返ってきた。

ちょっと一服ひろばへ

※リンク先の「ちょっと一服ひろば」は、満20歳以上のたばこを吸う方に向けたウェブサイトです。作品の他、たばこに関する情報が掲載されています。


きし・ゆうすけ●1959年、大阪府生まれ。96年『十三番目の人格ISOLA』でデビュー。97年『黒い家』で日本ホラー小説大賞を受賞。以降、2005年『硝子のハンマー』で日本推理作家協会賞、08年『新世界より』で日本SF大賞、10年『悪の教典』で山田風太郎賞、11年『ダークゾーン』で将棋ペンクラブ大賞特別賞受賞など、受賞歴多数。近著に『極悪鳥になる夢を見る 貴志祐介エッセイ集』がある。