カジノに総額107億を注ぎ込んだ男・大王製紙前会長 井川意高の懺悔録

社会

公開日:2013/12/16

 大王製紙の創業家に生まれ、東京大学に現役合格。42歳で第6代社長に就任と、すべてを手にしていたにも関わらず、海外カジノに沈溺。カジノで作った借金返済のため、106億8000万円もの金を連結子会社7社から引き出していた大王製紙元社長・井川意高氏。懲役4年の判決を下され、派手な芸能人交遊も噂されていた井川氏が『熔ける 大王製紙前会長 井川意高の懺悔録』(双葉社)を獄中から出版して、話題になっている。

 50人以上にわたる有名人との交遊録が記された“暴露本”だと囁かれているが、そう読むと拍子抜けする。滝川クリステルやほしのあきなど、浮名を流した芸能人たちとの真相を語っている「第5章 疼き」と、ノンフィクション作家・佐野眞一氏への批判に徹する「第8章 溶解」は導入の仕方が不自然で、内容も陳腐。中でも笑ってしまうのは西麻布のバーで遭遇したという国民的女性アイドルグループのメンバー2人とのエピソード。当時高校1年生だった彼女たちについて、「未成年者と飲むほど悪趣味ではないから無視していた」とゲンナリ気味に書かれてあるにも関わらず、なぜか多くの芸能ブログでは「酒池肉林でした」とされている。この2章に関しては懺悔録というより、相手の名前を出すことによって騒がれることを計算したうえでの販売戦略であり、ちょっとした復讐劇と捉えたほうがしっくりくる。

advertisement

 とはいえ、この2章を抜かせば、なかなか読み応えがあって、おもしろい自伝だ。最も興味深いのは、井川氏がはまったギャンブルの種類が、運だけで勝負が決まる「丁半」だったこと。バカラの帝王とまで呼ばれていた彼は、「バカラでいくら頭脳プレイを展開しようとしても、頭を使う余地はどこにもない。勝つか負けるか運次第だ」「バカラに興じていると食欲は失せ、丸1日半何も食事を口にしなくても腹が減らない」とその魅力について語っている。後悔というより、まだ夢から覚めていないような熱感さえ伝わってくるのだ。  

 また、井川氏がカネの沼から抜けられなくなった最大の理由と位置づけているマカオの「ジャンケット」というシステムもスリリングで興味深い。「ジャンケット」は、ブラックカードやチタンカードをその場で現金化してくれたり、負けが込んだギャンブラーがカジノから借金をしたりする際に仲介をしてくれるそう。たとえ一文無しになっても、短時間の手続きで1億円を借りられるというのだから、庶民には雲の上のような世界だ。

 とはいえ、彼が自制心を保てなくなってしまった最たる要因は、おそらくジャンケットではなく近しい人たちの対応だろう。井川氏は「大王製紙ならびに子会社による私への“資金貸付”は、世間に表沙汰になるずいぶん前から社内の一部では把握されていた」と認めている。にも関わらず、大王製紙本体、監査法人のトーマツすら、「運転資金に使っている」という井川氏の言葉を“鵜呑み”にしたのだ。のちに貸付に協力した役員は、東京地検特捜部の調べに対して「井川家が怖かった」と供述している。雇用主やクライアントなど、利害関係が上の立場にある人間の背信行為にうすうす気づいたとき、自分ならどうするだろう。多くの人間は彼の部下同様、見て見ぬふりをし続けるのではないだろうか。優秀なブレインが必ずしも「君子危うきに近寄らず」とは限らない。

 「借入金額は利息を含めてすべて私財で返済した」として、最高裁に執行猶予を求めていた井川氏には、その私財が同社や同社グループ社員の労働の対価だという感覚はないように思う。一過性の経営手腕は優れていたのかもしれないが、関係のあった芸能人の暴露といい、自己責任でクビになった会社への意見といい、精神性は未熟なままだ。

 留置所に分厚い座布団を差し入れてくれたホリエモンを持ち上げるのはよいけれど、107億円もあったら子会社の社員やスタッフ全員に座布団くらいプレゼントしてあげられたのでは? と思わずにはいられない。

文=山葵夕子