災害時、人が逃げ遅れてしまう理由「正常性バイアス」とは

社会

2014/1/3

 首都直下地震が起きた場合の想定被害が、8年ぶりに見直された。

 内閣府有識者会議の想定によると、マグニチュード7クラスの首都直下地震が起きた場合、最悪の場合で死者2万3千人、経済被害は95兆3千億円にのぼるという(12月19日日本経済新聞より)。ちなみに首都直下のマグニチュード7規模の地震は「30年以内に70%」の確率で起こるとされている。

 実際、近年箱根で火山性小規模地震が多発し、「箱根山噴火の前ぶれ」や「富士山噴火」との関連が噂され、「首都圏直下型地震」が起こるのは、2年以内とも4年以内ともいわれている。遅かれ早かれ、首都圏を大地震が直撃する日はいずれやってくるのだろう。そこで、いざそのときをサバイブするための心得として、“逃げ遅れの心理”を学んでみたい。

 『人はなぜ逃げおくれるのか 災害の心理学』(広瀬弘忠/集英社)は、東日本大震災以降に発売された本ではなく、今から9年も前に書かれた本である。著者の広瀬弘忠氏は災害・リスク心理学の専門家であり、国や公共機関、地方自治体や企業から依頼され、防災・減災のための研究調査を行っている災害研究の第一人者だ。

 そもそも地震や洪水、火災などの災害に突然遭遇したとき、自分の身を守るために素早く行動できる人は、驚くほど少ない。本書によれば、「地震や災害に巻き込まれても、多くの人びとはパニックにならない」とある。

 それは東日本大震災直後の、ビッグデータによる人々の動線解析でも明らかだ。携帯やカーナビのGPS情報、被災者や帰宅困難者のTwitter発信などを重ね合わせ、その動きをプロットしていくと、ある地域では地震直後にはほとんど動きがなく、多くの人々は実際に津波を目撃してから初めて避難行動に移り、結果、避難に遅れが生じたことが解明された(『NHKスペシャル “いのちの記録”を未来へ~震災ビッグデータ~』より)。なぜ、このような事態が起きてしまったのだろうか。

 広瀬氏によると、“逃げ遅れの心理”の原因は人の心にもともと備わっている働き、「正常性バイアス」にあるという。

 私たちの心は、予期せぬ異常や危険に対してある程度、鈍感にできている。日常生活で何か変わったことが起きるたびに、いちいちビクビク反応していたら、心が疲弊してしまうからだ。ある限界までの異常は、正常の範囲内として処理する心のメカニズムが、「正常性バイアス」なのである。しかし、私たちの心を守るための機能が非常事態の際、「まだ大丈夫」と危険を過小評価し、避難するタイミングを奪ってしまうことがあるというのだ。

 

 「エキスパート・エラー」も、衝撃だ。警察や消防など、災害救援の専門家においても、緊急時に致命的な誤りを犯してしまう場合がある。広瀬氏は、アメリカの同時多発テロの際、警察の判断ミスで避難の機を逸して犠牲者を出した実例から解説している。緊急事態のエキスパートといえども人間。大混乱の中で常に正しい判断を見極めることは、容易ではない。

 では果たして、どのような人が、災害時に生き残ることができるのだろうか。本書から抜粋してみよう。

1. 年齢が災害時の生存を決定する
2. 富めるものが有利に
3. 沈着で冷静な判断は生存率を高める
4. タイムリーな意思決定と行動力が大切
5. 生存への意志が命を救う

 詳細については本書を参照いただくとして、たとえば、生理的に生存可能な期間を過ぎて建物崩壊現場から無事救出された生存者を例にみても、まず、若さという生理的条件が生存の主要な決めてとなる。災害のもたらすダメージは、経済的に貧しい人々により重く、豊な人々に軽いという過酷な現実も否めない。また大災害ほど、冷静な判断力や、タイムリーな決定と行動力が生死を分けるというのも、うなずけるところだろう。

 強く願えば、誰もが必ず生き残れるというものではない。けれども、決して諦めない強い意志が、絶体絶命の状況から生還する際に、必要不可欠であることは、ぜひ心にとめておきたい。

 本書には、ほかにも数多くの災害事例が記載されており、ケーススタディからひもとかれる分析は非常に説得力があり、参考になる。また、避難行動にとどまらず、災害が社会に及ぼす影響や、災害が弱者を挫く厳しい現実、さらにボランティア活動の有用性や復興への道筋まで言及しており、意義深い。

 

 広瀬氏によれば「いつ大地震や災害が起こるか、わからない時代だけに、どのような災害が起こっても、それをより軽く受けながし、迅速に回復する“災害弾力性”をもつ必要がある」という。

 完全な安全など、どこにもありえない現代の社会。安心できる状況を見つけることはとても難しく、それゆえに、私たちには災害に備える覚悟や、災害時に正常性バイアスにとらわれない心構えが必要になってくるのではないだろうか。

文=タニハタマユミ