猪瀬都知事への資金提供問題でも話題に 徳田虎雄ってどんな人なの?

政治

2014/1/10

 昨年12月19日、猪瀬直樹東京都知事が緊急記者会見の場で辞任を表明した。大手医療法人「徳洲会」から5000万円の資金提供を受けていた問題で、その責任を追う形での辞任である。2020年の東京オリンピック開催が決まった矢先のことだけに、猪瀬氏本人は無念の思いで都庁を去ったのではないだろうか。

 ところで、この政治献金問題報道でよく見かけた名前が「徳田虎雄」なる人物である。日本一の病院帝国を築き上げた徳洲会の創設者であり、“病院王”としてこれまでも度々マスコミに取り上げられてきた医療界の大物であるが、「で、徳田虎雄って結局どんなことやった人なの?」と言う人も、もしかしたら多いのではないだろうか。

 そこで今回は騒動の直前に刊行された青木理著『トラオ 徳田虎雄 不随の病院王』(小学館)から、世紀の怪人物と呼ばれる徳田氏の正体に迫ってみよう。

 

 徳田虎雄は1938年、沖縄と鹿児島の間の洋上に浮かぶ奄美群島の一島、徳之島に生まれる。8人兄弟の長男で、家庭は非常に貧しかったという。虎雄が医者を志すきっかけになったのは、小学校3年の時に体験した弟の死であった。病気で苦しんでいる弟の為、夜中の3時に虎雄は医者を呼ぶために駆け回るが、誰も掴まらない。結局医者が家に来たのは翌日昼過ぎで、その時にはもう弟は白目をむいて死んでいたという。何もない田舎で医療を受けられない恐怖や悲しみが、このとき虎雄の心にぐさっと突き刺さったそうだ。後に虎雄は僻地の医療体制を整えることに執着するが、その原点はこの時の体験にあるのだろう。

 医者を目指し二浪の末、虎雄は大阪大学医学部に入学する。卒業後に公立病院勤務などを経て73年、わずか34歳の若さで最初の病院を大阪に設立。そしてその2年後、虎雄は医療法人として徳洲会を立ち上げることになる。

 徳洲会が掲げたスローガンは「生命だけは平等だ」。「年中無休、24時間オープン」「患者からの贈り物は一切受け取らない」「困った人には健康保険の3割負担も免除する」という極めてわかりやすくキャッチ―な施策を振りかざし、日本医師会はじめ多くの医師会・自治体から「医療のスーパーマーケット化」を批判されながらも、虎雄は10年に満たぬ内に9つもの大規模病院を全国展開するまでに成長する。

 しかし虎雄は医療界の風雲児であるだけに留まらなかった。80年代に入ると、虎雄は政界進出を目指す。医療過疎を改善する、という大目的のもと83年に奄美群島区から衆議院議員選挙に立候補するが、ここで虎雄は対抗馬である自民党田中派の衆院議員・保岡興治と激突、以降「保徳戦争」と呼ばれる一大政争が展開することになる。それは買収や選挙賭博のための現ナマが乱舞し、両陣営の支持者が乱闘騒ぎまで引き起こし、果ては選挙違反による逮捕者が続出するという、文字通りの戦争状態であった。

 余りにも革新的過ぎる医療理念。流血沙汰の選挙運動。「目の前の信号が赤でもお構いなしに突き進む」と評する人間がいるように、徳田虎雄は自分の正しいと思ったことをどこまでも押し通そうとする猪突猛進の男であった。

 こんな性格ならさぞかし周囲は敵だらけのはず。だが不思議なことに、徳田虎雄の周りには思想信条を越えて様々な政治家・文化人が彼を慕って集まってきた。古くからの盟友に石原慎太郎がいるかと思えば、反骨精神の作家・城山三郎と晩年交友を温めていたりするなど、全く正反対の人物を取り込んでしまう包容力こそカリスマたる所以なのだろう。ちなみに城山と虎雄の縁は、城山の名著『そうか、もう君はいないのか』にも登場する城山の妻が徳洲会病院に入院したことから始まった。危篤状態の妻をすぐに受け入れ治療したその迅速な対応に、城山は非常に感動したのだという。

 90年代以降も、ミニ政党「自由連合」を巡って01年の参議院議員選挙におけるタレント候補の大量擁立、石原新党構想とゴシップ的話題を振りまく。一方、徳洲会グループを全国に280以上も医療施設を設け、職員2万5,000人近くを抱える日本最大の民間医療グループにまで成長させたのである。

 まさに医療界のドンに上り詰めた虎雄であるが、現在はテレビなどに自らすすんで出ることはない。いや、できないといった方が正確か。彼はALS(筋委縮性側索硬化症)という、全身の筋肉が縮んでいく難病にかかり、自由が利かない寝たきりの状態なのである。そこに追い打ちをかけるように13年秋、衆院選を巡る公職選挙法違反容疑で徳洲会グループに東京地検特捜部の捜査のメスが入った。虎雄が築き上げた医療帝国も、落日を迎えつつある。

 だが、徳田虎雄はいまも生きている。驚異的な生への執着を持って。

 体のなかで唯一動く眼球を使って、文字盤を追いながら虎雄は著者にこう語る。

 <これから が じんせい の しょうぶ(中略)せかいじゆうに かんじやの ための びよういんを つくるため あたえられた びようきと おもい かんしや している>

 日本の病院王は、死という名の赤信号すら無視して突っ走るつもりらしい。

文=若林踏