ついにあの事件の“真犯人”が明かされる? 北関東連続少女誘拐殺人の真実を暴くノンフィクションが話題

社会

更新日:2018/12/27

『殺人犯はそこにいる 隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件』(清水潔/新潮社)

 何という凄まじい執念なのだ。

 清水潔著『殺人犯はそこにいる 隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件』(新潮社)を読み終えた者なら、誰もがそうつぶやくに違いない。

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 「日本の犯罪史上、最も異様な未解決連続殺人である <北関東連続幼女誘拐殺人事件> の真犯人をついに特定した!」と喧伝され12月発売当初から話題騒然だった本書は、徒手空拳で未解決事件に立ち向かうジャーナリストの記録として確かに傑作であった。13年に刊行された犯罪系ノンフィクションの中では、あの尼崎事件を調査し大きな注目を集めた『家族喰い 尼崎連続変死事件の真相』(小野一光/太田出版)をも軽々と越えてベストワンに輝く本だろう。

 とは言うものの、「北関東連続幼女誘拐殺人」なんて事件あったっけ? と、そもそも事件自体の存在に首を傾げる人も大勢いるかもしれない。無理もない。この事件、著者である清水が取材を開始するまで、警察・大手マスコミは“連続殺人”として全く取り扱っていなかったのだから。

 

 ことの発端は2007年、清水が報道番組の企画で未解決事件のリストを調べていたときのことだった。1996年に群馬県で起きた「横山ゆかりちゃん幼女誘拐事件」に気を留め、その周辺を調べていた清水はある奇妙な事実に気付く。79年から90年にかけて、同じような手口の事件が群馬・栃木で4件も発生していたのだ。いずれも被害者は幼女、パチンコ店で誘拐、遺体は河川敷のアシのなかで見つかるなど明らかに共通点が多く、清水はこれを同一犯による連続殺人として推測する。

 だが、この仮説には致命的な欠点があった。事件の内のひとつ、90年に栃木県足利市で起こった松田真実ちゃん殺害事件については、すでに殺害を自供した人物が捕まっていたのである。逮捕されていたのは菅家利和さん、当時45歳の男性である。

 足利市、菅家さん。そう、この事件こそ“絶対”と呼ばれていた警察のDNA型鑑定が覆され、冤罪を司法が認めたことでセンセーションを巻き起こした「足利事件」である。

 実は菅家さんが無罪を勝ち取るのに一役買っていたのが、清水の連続殺人の取材だった。清水は5件の誘拐・殺人が同一犯のものであることを証明するためには、菅家さんの無罪を立証することが必要であると考え、疑惑の残るDNAの再鑑定を専門家に依頼し、犯人のDNAと菅家さんのものが一致しないことを証明した。さらに菅家さんの自白も、警察の過酷な取り調べで強要されたものだと看破。警察のずさんな捜査、曖昧な証言、隠蔽工作を次から次へと暴き、菅家さんを釈放へと導いたのだ。

 ひとりの記者が裁判官に頭を下げさせただけでも相当なものだが、当然話はこれで終わらない。清水は当時の目撃証言を再検証し、複数の事件現場に現れていた不審な男の存在を炙り出す。アニメキャラの「ルパン三世」に容姿がそっくりなことから“ルパン”と名付けられたこの男の身元を特定し、ついに“ある事実”まで掴んでしまうのだ。

 本書で何よりも圧倒されるのは、清水の「犯人逮捕」への執着心である。清水は過去にも「桶川ストーカー殺人事件」でも警察よりも早く犯人を見つけ出した経験があるのだが、こと今回の事件では「自分は冤罪を報道するために取材するのではない、真犯人を捉えるためにやっているのだ」というスタンスを繰り返し強調する。被害者家族への憐憫、警察機構への憤怒を隠さず剥き出しにしながら真犯人に迫るその姿は、「そんな感情的になったら、冷静沈着な報道ができなくなってしまうのでは」とこちらが心配になるほどだ。

 何故ここまでの執念を燃やすことが出来るのか。その答えのひとつが、実は巻末のあとがきにおいて明かされることになる。その箇所を読んだ時、清水潔というひとりの男が抱いている切実な願いに、はじめて触れることができるはずだ。

 清水の見つけた事実を検証する捜査に、警察はまだ本格的に着手していない。再捜査に警察が及び腰な理由、その情けない姿勢についてはぜひ本書を読んで確かめてほしいが、それでも清水の追及は止まる所を知らなさそうだ。彼は本書の最後をこのように締めくくっている。

 「いいか、逃げきれるなどと思うなよ。」

 真犯人よ。今夜はこの本を抱いて、震えて眠れ。

文=若林踏