タイトルに“成功”と入った書籍は売れない 台湾の読書事情

海外

公開日:2014/1/16

 近年、台湾では若者による“独立書店”が増加している。本を通じてなにかを発信したいと、個人の趣味や志を反映した書店を次々に起ち上げているのだ。『ダ・ヴィンチ』2月号の「本好き女子のための台北」特集では、その背景を、台湾でも大手出版社のひとつである圓神出版の編集長・陳秋月さんにうかがっている。

「書店だけではなく、いま台湾では若者による起業の流れが強いです。自分の店を持ちたい、企業に一生を捧げるのはいやだ、と思う若者が多いんですね。ただ、いまは出版業界全体が不況で売り上げも下がり続けています。今年うちから出版した骨盤ダイエットの本は20万部を突破しましたが、10万部超えはその1冊だけ。数年前までは年間で3冊は爆発的なヒット作を生み出せたものなんですが……。そんななかで彼らがどこまで志を貫いていけるか、見守っていきたいと思っています」

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 起業ブームということは、現在はビジネス本に人気が集まっているのだろうか。

「むしろ逆ですね。社会的な成功にあまり興味がないようで、タイトルに“成功”と入った書籍は売れません。どちらかというと内面の充実をはかる傾向にあり、そのせいか個人の嗜好もバラバラで、“このジャンルなら必ずウケる”というものがなくなってきているんです。数年前までは、たとえばスピリチュアルや自己啓発の本、スタンフォード大学やハーバード大学の人気授業の本などを出せば必ず売れていたのですが、今はそれがない。逆に、以前は見向きもされなかった本が突然売れたりするので、どこの出版社も、次になにがヒットするのか、どんな本をつくればいいのか、迷い続けている状況だと思います」

 その理由について、副編集長の林平惠さんはこう語る。

「おそらく、読者が“自分が好きなのものはなにか”に興味をもつようになったんでしょう。社会が安定し、文化的に向上してきて、親世代は安定した収入がある。若者は企業に頼らずとも、生きていくことができるようになりました。そんななかで、個人の幸せというものが重要視されてきているんだと思います。顕著なのが、“文青”と呼ばれるある種の若者たちの存在ですね」

 文青とは、文学青年の略。台北に住み、クラシック音楽や映画を好み、小説を読むいわゆるインテリ青年たちのことを指す。もともとは単に文学好きの青年という意味合いだったが、この数年で、若い世代の風潮を表すように変わってきたという。

「村上春樹のエッセイ『うずまき猫の見つけ方』に出てきた、“小確幸”(小さいけれど、確かな幸せ)という造語があるんですが、それは文青たちのアイコンになっています。今は少しおさまりましたが、一時期はその言葉をタイトルに入れた書籍が多く刊行されていました」

 台湾人にとっても村上春樹は強く支持される作家のひとり。それだけでなく、独立書店でも大型書店でも古書店でも、日本の書籍は翻訳書だと気づかないほどのあたりまえさで置かれている。原書の販売をしている店舗も少なくない。

「基本的に、日本で売れた小説は台湾でも売れるんですよ。吉田修一さん、東川篤哉さん、東野圭吾さんはとくに人気がありますね。実は、台湾出身の小説家はそう多くはいなくて。いたとしても、文学的な価値を求める高尚な小説か、あるいは若者に向けた非常にライトな小説かにわかれてしまい、いわゆる“大衆小説”がないんです。我々にとって翻訳小説はとても身近な文化なんですよ」

文=橘もも/ダ・ヴィンチ2月号「本好き女子のための台北」特集