【追悼・永井一郎さん】磯野波平の幸せ、「ガンダム」のナレーションに込めた想い

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更新日:2014/12/28

 『サザエさん』の磯野波平役で知られる声優、永井一郎さんが亡くなった。1959年から放送された米ドラマ『ローハイド』で吹替を担当して以来声優に専念、82歳で亡くなるまで現役を貫かれた。波平以外に永井さんが演じたのは、『宇宙戦艦ヤマト』(佐渡酒造、徳川彦左衛門)、『ど根性ガエル』(町田先生)、『デビルマン』(アルフォンヌほか)、『母をたずねて三千里』(ペッピーノ)、『未来少年コナン』(ダイス船長)、『ルパン三世 カリオストロの城』(ジョドー)、『YAWARA!』(猪熊滋悟郎)、『ドラゴンボール』(鶴仙人、カリン様)、『HUNTER×HUNTER』(ネテロ)、「スター・ウォーズ」シリーズ(ヨーダ)、「ハリー・ポッター」シリーズ(ダンブルドア校長)などなど、すべてを書いたらそれだけでスペースが埋まってしまうほど、数多くのキャラクターを担当されてきた。

 その永井さんが「朗読」の面白さを説く著書『朗読のススメ』(永井一郎/新潮社)には、声や言葉に関することを始め、声優としての自身の半生や、悩み多き現代人への優しく厳しい言葉に溢れている。

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 永井さんは1931年、大阪に生まれた。京都大学文学部仏文科を卒業後、役者を志して上京、養成所を経て劇団に所属し、舞台俳優として活躍するが、この劇団で一番年上だったため老け役を一手に引き受けることになったという。その後「老け役ができる若手がいる」ということが関係者の耳に入り、『ローハイド』の第1回の収録に呼ばれ、端役の「御者1」を担当する。

 セリフは「やあ、やあ」「どうー」だけだったが、帰り際に「来週、あいてるかい」とスタッフに声を掛けられ、運良くスケジュールがあいていた永井さんは、翌週も「やあ、やあ」「どうー」というセリフを吹き込むことになる。すると「来週もこの御者、出ているんだけどな」と言われて毎週現場に行っていると、なんと御者1にウィッシュボーンという役名がついて準主役となり、セリフも出番も増えていく。永井さんも声優として生きていくことを決めたそうで、この出会いについて「もしこれがなければ波平も、佐渡酒造も私ではなかった、運が良かった」と回想している。

 また「どんな人間も幸せを追求しています」と言う永井さんは、演じるキャラクターも同じで「まず役の人物が何を自分の幸せとしているかを探してください。それがわかれば、役作りはほとんどできたといえるでしょう。これは役作りの大切なコツです」と記している。

 例えば『風の谷のナウシカ』のミトの幸せは「姫さまを守り抜くこと」、『うる星やつら』の錯乱坊(チェリー)は「食べたい!」、そして『サザエさん』で波平がカツオを「バカもーん!」と叱るのは、他人に迷惑をかけたときだけだそうだ。また『機動戦士ガンダム』でのナレーションでは、それまでやったことのないような重厚な役をどう演じるか非常に悩んだそうだが、マイクの前に立ったとき、台本を持つ手の下に漆黒の宇宙が広がり、仁丹の粒みたいな地球が見えたことから「神の視点」で演じたと記している。

 筆者が、以前インタビューした際に「最初に芥子粒(けしつぶ)みたいな地球が見えなかったら、あのナレーションはできなかった。運が良かったんですよ」と笑っていた永井さん。『機動戦士ガンダム』の最終回「脱出」について伺ったところ、「宇宙要塞のア・バオア・クーからだけではなく、人間の愚かさからの脱出、これまでの観念からの脱出でもある」「ファーストガンダムのテーマは“人間ってなんてアホなんだ”ということだと思う」「その希望として、子どもたちの群像があった。子どもたちが、未来への唯一の救いなんです」と語り、「最後のナレーションは、“あと10年もするとまた戦争が始まるかもしれない”と思って、感情移入せず、ニュース原稿のように淡々と読んだ」と仰っていたことが思い出される。これは戦争体験者だからこその視点だったのだと思う。そして『朗読のススメ』の冒頭でも「ひどい世の中になりました」と現代の日本を憂いている。そんな日本の父親的な存在だった永井さんの著書を開き、哲学的で示唆に富んだ力強い言葉にぜひ触れて欲しいと思う。

 永井さん、長い間お疲れ様でした。ご冥福をお祈りいたします。

文=成田全(ナリタタモツ)