なぜ『三省堂国語辞典』に「巨乳」が載っていないのか? その理由を編集委員に聞いてみた

文芸・カルチャー

2014/2/2

先日、新語に強いことで定評ある『三省堂国語辞典』(三省堂)の最新第7版と第6版を読み比べ、追加された新語を見つけ出すという、実に何とも大変な記事を書いた(「オタク」の意味もポジティブに 新語4000の新「三省堂国語辞典」を旧版と読み比べ)。記事を読んでいただければわかるが、一口に「新語」といっても、そのジャンルは様々。パッと見て最近の言葉とわかるものもあれば、なぜ今更この言葉を追加するの?? と首をかしげたくなるものもある。いったい、これらの語はどのような過程を経て追加されていくのだろうか?

その疑問に答えてくれるのが、『三省堂国語辞典』の編集委員を務める飯間浩明氏が書いた『辞書を編む』(光文社)、『辞書に載る言葉はどこから探してくるのか? ワードハンティングの現場から』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の2冊。前者は辞書編纂の過程を、後者は辞書に採用する言葉を街の看板や広告などから採集する“ワードハンティング”の実例を教えてくれる、辞書のバックヤードをテーマとした好著だ。

特に興味深いのがワードハンティングの模様。渋谷、原宿、秋葉原、巣鴨、高円寺、柴又など都内各地を隈なく巡り、見たことがない語を発見すればメモし、意味が分からない語があれば尋ね、文字通り言葉をハンティング(目的のものをねらって、さがしまわること※三省堂国語辞典第7版より)していく。もちろんワードハンティング以外の時間も、通勤途中なら雑誌や書籍、家に戻ればテレビを…というように、編集委員たちは改訂作業に向け、数年間にわたり絶え間なく言葉を探すのだという。ハンティングの最中に不審者と疑われたこともあるというから、その苦労は並大抵のものではないのだろう。いや、並大抵でないに決まっているさ! というわけで、その苦労をさらにディープに探るべく、著者の飯間氏にお話を伺ってきた。

折しも2月に最新刊『三省堂国語辞典のひみつ』(三省堂)の刊行を控えているという飯間氏。こちらも、辞書編纂の苦労や「三国」の魅力を紹介する1冊ということで、その内容から辞書編纂作業の大変さを一部抜き出してもらうと…。

「たとえば“ライター(lighter)”という語があり、第6版で“タバコの火をつける器具”と書き換えたんですが、実はこれだけの一文を書くのに一晩を要しているんですね。第5版では“発火石をこすってタバコの火をつける器具”とあったのですが、現在では発火石が見当たらないライターもある。その違いを調べるため、最終的には2種類のライターを購入し、分解して確かめてみた結果、現在の書き方となったわけです」

このように、時には現物を用意し、構造や味、香りなどを確かめるのだという。ちなみに、下世話な話題で恐縮ながら、こういった調査の経費はすべて自分もち。この1点だけでも、辞書編纂にかける情熱がうかがわれるというものではありませんか。

また、聞いてみて面白かったのが、改訂により削除されてしまう言葉たち(第6⇒第7版では1000語程度が削除された)。あえて項目を独立させる必要のない「適確(新版では“的確”に統一)」のような言葉のほか、

「小泉内閣の時代に“タウンミーティング”という政府主催の対話集会があったのですが、ヤラセが問題となり“政策ライブトーク”と改称されました。そこで第6版では“タウンミーティング”を削除し“政策ライブトーク”を採用したのですが、実際にはほとんど開催されることがなかった。その後、むしろ各地の自治体などでタウンミーティングという名称の集会が催されるようになり、第7版では再び“タウンミーティング”を復活させたんです」

というように、非常に短命な言葉も含まれているそう。まさに言葉が“いきもの”であることがよく伝わるエピソード。このような辞書編纂の面白さはもちろん、「三国」に関するトリビアがタップリ詰め込まれているという最新刊。読むのがとても楽しみである(取材日は1月28日)。

あ、そうそう。最後に、以前の記事で疑問出しをした2つの語についても質問をしておいたので、オマケとして載せておこう。

Q なぜ今ごろ「GIG(ギグ)」という言葉が採用されたのか?
A 辞書に追加される「新語」は、最新の流行語だけではありません。たとえば「ヘップサンダル(1950年代に流行した女性向けサンダル)」のように、昔からある語でもこれまで漏れており、必要があると判断すれば採用します。「GIG」もそのひとつですね。

Q なぜ、これだけ一般化しているのに「巨乳」は採用されないのか?
A これは、三省堂国語辞典に「性俗語は“なかったことにする”」という編集方針があるからです。中学生のような若い世代も読むということもありますが、性俗語は数が多いため、許容すると、「三国」が性俗語辞典のようになってしまう恐れがあるという点も大きな理由。ちなみに、第7版ではこの編集方針がより徹底され「愛液」、「前貼り」といった言葉も削除されています。

尋ねてみればなるほど納得。とはいえ「巨乳」くらいは、そろそろ許してあげてもいいんじゃないかなー。だって、「ボイン」はちゃんと入っているんやで~♪

文=石井一敏彦