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杜氏制を廃止! 日本酒業界の風雲児「獺祭」桜井社長の「逆境経営」とその真意

 今日本で最も売れている純米大吟醸“獺祭(だっさい)”の醸造元、旭酒造株式会社代表取締役社長・桜井博志氏の著書『逆境経営 山奥の地酒「獺祭」を世界に届ける逆転発想法』(ダイヤモンド社)が出版された。獺祭は『新世紀エヴァンゲリオン』の葛城ミサトが愛飲していることでもよく知られている。桜井社長は2014年1月16日放送のテレビ東京系列『カンブリア宮殿』に出演したばかり。時の人である。

 桜井社長といえば、日本酒業界で最も物議を醸し出す経営者のひとり。日本酒ブームといわれながらも、いまだ国酒でありながら、国内全体のアルコール消費量の数パーセントにしか満たないほど低迷している日本酒業界。そんな中、獺祭と数蔵だけが酒屋同士で取り合いになるほど売れに売れていることに対するやっかみもあるだろう。しかし、それ以上に同氏が、これまで日本酒業界が“聖域”とみなしてきた領域を次々と革新してきたことに対する心理的抵抗も影響しているように思えてならない。

 同著で桜井社長自身が述べている代表的な改革をいくつか列挙してみよう。

■杜氏を置かず社長と社員だけで醸造
経営者は酒造りに関わらず、販売に徹することが一般的。ところが旭酒造は杜氏制を廃止して、顧客の声をそのまま反映できるよう社長と社員のみで酒造りを行う体制に。

■四季醸造
通常の酒造りは冬から春先にかけて仕込んで、夏の間に寝かせるが、旭酒造は全国でも珍しい四季醸造(冬場のみでなく、年間を通じて酒を造る)の体制を敷いている。蔵内を年中摂氏5度に保つ、完璧な空調設備を導入したことで、同規模の醸造設備を持つ酒蔵と比べて、2倍にのぼる生産能力を手に入れる。

■純米大吟醸のみを醸造
普通酒や紙パック酒の製造を廃止。「無理せず、高品質な吟醸酒をそれなりの価格でお客様に提供する」ことを目的に、小さな蔵の強みを生かし、小規模な仕込みでないと高品質が保ちにくい大吟醸だけを醸造。

 筆者自身、脈脈と受け継がれてきた日本酒業界の伝統に魅了されて利き酒師になったので、正直なところ複雑な気持ちがないわけではない。ただ、ひとつ確かなことは、酒屋であれ飲食店であれ、売り手がお客様に酒を提供する際、“絶対的な安心感”や“一定の品質”を保てている蔵元かどうかはとても気になるポイントなのだ。同じ価格で同じ瓶ラベルなのに、タンクが変わるたびに味が違っていたり、シーズンによって全く別物になっていたりする酒も少なくないだけに、メーカーとして一定の品質をキープし続けるための企業努力、設備投資を惜しまない旭酒造の酒に客が殺到するのは十分理解できる。なぜなら、専門家や業界関係者がどう言おうと、目の前のお客様が求めているものは、ただ、「ああ、美味しい」と飲める酒だからだ。

 また、こういった桜井社長の“前代未聞”の意思決定は、倒産の危機や事業の大失敗など、経営の底つき状態の際に行われている。先代から勘当されていたとはいえ、桜井社長自身、蔵元の倅。祖父の代から受け継がれてきた手法を変えることに対して葛藤がなかったわけがない。

 そんな桜井社長の本心を探るべく、質問を投げかけてみた。

―桜井社長自身が酒を知らない人に、獺祭を飲食店ですすめるとしたら、どう伝えますか?
ただ、「美味しいから」。

―業界やこれまでの常識といった心理的抵抗を脱して逆境を味方につけるために一番必要な心構えは何でしょう?
「危機感」だと思います。どちらも単純ですが。

……渾身の言葉なのでしょう、ライター泣かせの短さだ(驚愕)。とはいえ、奥深い。2014年3月には、フランス・パリの凱旋門近くの一等地に獺祭パリ店を開業する予定で、目下準備中なのだとか。山奥の小さな蔵の「がんばらないけど、あきらめない」次なる挑戦の舞台は、世界である。

文=山葵夕子



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