東日本大震災から3年―小説家が描くさまざまな「鎮魂と再生」のかたちとは?

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/22

東日本大震災発生から丸3年が経とうとしている。

被災地では災害に強い新たなまちづくりが進められつつあるが、その一方でいまだに多くの人びとが仮設住宅暮らしを余儀なくされるなど、深刻な問題が山積している。未曾有の大震災を風化させず、物心両面での支援を継続していくことが、引き続き求められているといえるだろう。

advertisement

そんななか、避けられない運命の先にある希望を描いた「鎮魂と再生」の文学がいま注目を集めている。わたしたちは生きているかぎり、親しい人との別れに直面せざるをえない。先の大震災があらためて突きつけたこの問題に、「鎮魂と再生」の物語は一条の光を投げかけてくれる。ここでは悲しい運命に直面した主人公が、死者に思いを馳せながら、新たな一歩を踏み出していく姿を描いた作品を紹介しよう。

まず取りあげたいのは、『しずかな日々』などの作品で知られる作家・椰月美智子の最新作『消えてなくなっても』(KADOKAWA メディアファクトリー/3月7日発売)だ。

主人公のあおのは、周囲と深くかかわることのできない孤独な青年である。心の病を患ってしまった彼は、仕事を休み、山の中にある「キシダ治療院」で生活することになる。治療院を営む女性・節子があおのにアドバイスしたのは「まず深呼吸しなさい」ということ。ゆっくり呼吸をし、季節の移ろいに目を向けることで、あおののこわばった心はすこしずつ変わっていく。

漠然とした不安に苦しみ、「今いるところは自分の居場所ではない」と思いこんでいたあおのに節子が教えてくれたのは、環境と調和しながら、ていねいに日々を送ることだった。この世に存在しているのは、人間だけではない。動物も植物も、光も風も、幽霊や妖怪といった目に見えないものたちも、普段意識していないだけで確かに存在している。心を落ち着けじっと目をこらせば、そうしたものの存在を感じとることができるようになるのだ。

ゆっくり息をすること。自然に目を向けること。見えない世界を意識して生きること。『消えてなくなっても』はわたしたちが日々の生活で見失いがちな大切なことを、あらためて思い起こさせてくれる。と同時に、この作品は避けることのできない悲劇との和解を描いた、「鎮魂と再生」の物語でもあった。著者はこの作品を東日本大震災前に書きあげていたというが、本作品から放たれる肯定的なメッセージは、いまだからこそ読者の胸に深く染みこむことだろう。

いとうせいこうの『想像ラジオ』(河出書房新社)は、「死者と手を携えて」ともに歩むことの大切さを描いた話題作。

震災で命を落とした男・DJアークが想像力によって発信する「想像ラジオ」と、喪失感や無力感に悩まされながら、死者の声に耳を傾けようと決意する作家・Sの物語が交互に描かれていく。「亡くなった人はこの世にいない。すぐに忘れて自分の人生を生きるべきだ。まったくそうだ。いつまでもとらわれていたら生き残った人の時間も奪われてしまう。でも、本当にそれだけが正しい道だろうか」と問いかけるSの言葉は、人間のもつ想像力が「鎮魂と再生」の重要なキーであることを教えてくれる。

池澤夏樹の『双頭の船』(新潮社)は、被災地支援に向かった小さなフェリーが、200人のボランティア、100匹の犬、猫や小鳥を乗せた巨大な方舟へと育っていくさまを寓話的想像力を駆使して描いた長編。「さくら丸」と名づけられた船の甲板上には、仮設住宅が建ち並び、生者と死者の混在する奇妙なコミュニティーが作りあげられていく。

現実とも幻想ともつかないマジック・リアリズムの手法で描きだされるさくら丸の航海記は、一見波瀾万丈で痛快なものだが、その底には震災で命を奪われた多くの人びとへの鎮魂の思いが息づいている。悲しみの中でも、手を取り合ってにぎやかに笑うこと。これもまた「鎮魂と再生」のひとつの表現だ。

よしもとばななの『花のベッドでひるねして』(毎日新聞社)の舞台になっているのは、海辺の小さな村に建つイギリス風のB&B。赤ん坊の頃、わかめにくるまって捨てられていたという主人公・幹は、現在養父母とともにB&Bで働いている。静かな村でのおだやかな毎日。そんな生活を慈しむことを教えてくれたのは、不思議な力をもった祖父だった。「今のままでいい。うっとりと花のベッドに寝ころんでいるような生き方をするんだ」という言葉をかけてくれた祖父は、すでにこの世にはいない。物語はスピリチュアルな色彩を帯びたいくつかの事件とともに、傷ついた人たちの再生を描いていく。

本作執筆の契機となったのは、著者の父・吉本隆明の死だったという。戦後日本を象徴する思想家として知られた吉本は、著者にとっては「世界一の父」。愛する家族との別れを乗りこえるために書かれた『花のベッドでひるねして』は、個人的なテーマを掘りさげたことで、普遍的な救いを描いた作品ともなっている。

圧倒的な悲劇を前に、小説にどれだけの意味があるのか、というのはよく問われるところだ。ここにあげた4作品はそれぞれに真摯な姿勢で、その難問に答えているように思われる。すでにこの世にない者たちに思いを馳せ、悲しみのその先にあるものを力強く見すえた「鎮魂と再生」の文学は、大切なものを失った人たちの支えとして、今後ますます広く読まれることになるだろう。

文=朝宮運河

⇒『消えてなくなっても』公式サイト