美しい写真で鑑賞する、頭骨のめくるめく世界

文芸・カルチャー

2014/3/21

三島由紀夫の遺作である4部作の長編『豊饒の海』(新潮社)。その第1巻『春の雪』にこんな挿話がある。ヒロインの綾倉聡子が、主人公の松枝清顕との不適切な関係が原因となって出家することになる「月修寺」の門跡の法話だ。

唐の時代、元暁という男が野宿をした際、夜中にひどく喉が渇いて傍らの穴にあった水をすくって飲んだところ、こんなに清らかで冷たくて甘い水はないと思うほど美味かったのだが、朝起きて見てみると、なんとそれは髑髏に溜まった水だった。元暁は吐き気を催し、すべて吐いてしまった。そこで悟ったのは「心が生ずれば則ち種々の法を生じ、心を滅すれば則ち髑髏不二となり」という真理だったという。

暗く深い穴となった目でこちらを見据え、静かな笑みを湛えているような表情…頭骨というのは、古来から死を予感させるもの、「メメント・モリ」(死を忘れるな、という意味のラテン語)のイメージとして捉えられてきた。またその逆に、頭骨を杯として使うという文化もあり、髑髏=死というイメージだけではない。「頭骨は、今生きているものと昔生きていたものの象徴であり、恐怖と畏れを暗示する。頭骨は、生と死と死後の世界を、善と悪を、脅威と権力と威厳を物語る」というのは、『スカル アラン・ダドリーの驚くべき頭骨コレクション』(山田格:監修、堀口容子:訳/グラフィック社)の著者、サイモン・ウィンチェスターだ。

本書によると地球上の生き物の中で頭骨を持っているのは58,000種程度と考えられているという。一見多そうだが、これは動物界全体の0.05%以下で、それらが脊椎動物や有頭動物と分類されており、それ以外の生き物は頭骨を持たないのだ。本書には300点以上の頭骨の写真が掲載されていて、その大部分は2000個以上の頭骨を個人所有するというイギリス人コレクター・アラン・ダドリー氏のコレクションだ。昼間は超高級自動車内装用の化粧板を加工する仕事に就いており、頭骨コレクションはまったくの趣味というから驚く。ダドリー氏は新しく見つけた頭骨を長期間バケツの水に浸し、バクテリアの力で骨に残っている肉を分解させ(その最中は近寄るのも恐ろしい臭いがするそうだ)、骨だけになってから洗浄、漂白して陳列棚に並べているという。そしてこの頭骨コレクションを撮影するのは、『世界で一番美しい元素図鑑』(セオドア・グレイ:著、若林文高:監修、武井摩利:訳/創元社)の撮影も担当したニック・マン。ここでも頭骨をあらゆる角度から撮影し、その美しい姿を写真に収めている。

本書は両生類から始まり、鳥類、魚類、哺乳類、爬虫類という分類順で頭骨が並んでいて、さらに網・科・種などが近い仲間でまとめられているので、皮や眼球、肉などがなくなった頭骨の状態になると、思わぬ類似点を発見することができる。同じネコ科ヒョウ属であるトラとライオンの頭骨などは「こんなに似てるのか!」と驚くことだろう。また希少な双頭の牛(多頭症)の頭骨や、貴重なドードーやサイ、アフリカゾウの頭骨も載っている。『ギリシャ神話』に登場するひとつ目の巨人シクロプス(キュクロープス、サイクロプスとも言う)の伝説の元になったというゾウの頭骨だが、人間の頭骨の約2倍もある大きさ、そしてあの長い鼻があったとは想像しにくい中央にくぼみのある形状(まるで一つ目の痕跡!)は、巨人と勘違いしても仕方がないと思わせる奇妙さだ。

三島由紀夫は『美について』というエッセイの中で「美は死の中でしか息づきえない」と書いている。まさしく「死の結果」である頭骨が、なぜこれほどまでに美しく、そして人を惹き付けるのか? 美麗な写真と、頭骨に関する興味深い論考やエピソード、進化の歴史、美術との関わりなど、興味深い読み物も収録されている本書をじっくり読んで、その魅力について考えてみたい。

文=成田全(ナリタタモツ)