アルコールを飲むと体が膨張!? 戦後最大の怪作SF 栗田信『醗酵人間』が現代に復活!

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公開日:2014/3/31

 戦後SF最大の奇書と呼ばれる小説が現代に甦った。

 その小説とは、栗田信の『醗酵人間』! 何とも忘れ難いインパクトを放つタイトルだ。

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 この作品、SFファンの間では珍作として名を知られていながらも、古書市場にも滅多に出回らない究極のレア本であった。一時はヤフーオークションで40万円という超高価格が付いたこともある。

 その幻の書がこの度、戎光祥出版から刊行されている「ミステリ珍本全集」(日下三蔵・編)の第3巻として発売された。珍品中の珍品と評価される本が新刊書店で手に入るようになったのは喜ばしいことだが、さてさて、その肝心の中身や如何に。

 

 とある山間の集落、夜の墓地で奇怪な出来事が起こった。謎の怪人物によって掘り起こされた死体が、突然命を吹きかえしたのである。生き返った男の名は、九里魔五郎。かつて地域の有力者であった九里家の、たったひとりの生き残りであった。甦った魔五郎は、こう叫ぶ。

 「俺か! 俺は醗酵人間だ」

 魔五郎は醗酵性の液体や物体を口に含むと、たちまち体が何倍にも膨れ上がり強靱なパワーを漲らせる“醗酵人間”に生まれ変わっていたのだ。墓から抜け出した魔五郎は町長を墓石のなかに埋め込んで殺し、町会議員の会議に送り付ける。実は魔五郎の父・真五郎は集落の県道敷設を巡るゴタゴタに巻き込まれ、町長を筆頭とする集落の敵対勢力によって殺害されていたのだ。父を殺した者たちへ鉄槌を下すべく復讐鬼と化した醗酵人間こと魔五郎は、やがて山を降り東京にも姿を現す。

 あらすじを読んで、あまりの荒唐無稽さに開いた口が塞がらない方もいるだろう。何より“醗酵人間”というキャラクターがもう、無茶苦茶である。魔五郎はアルコールを飲むと体が膨張するばかりか、クレーンを軽く突き飛ばすほどの怪力も見せ、コンクリートの壁をも突き破り、挙句の果てには空中浮遊も披露する。なぜ膨らむのか、なぜ空を飛べるようになるのか。こじつけでも解説が欲しいところだが、細かい事は気にするなと言わんばかりに醗酵人間誕生に関する科学的説明はほとんどなし。作中、魔五郎は「一度醗酵性の液体とか植物、鉱物の類を口中に投ずれば、たちまち悪の芽が醗酵を起こし、身体中が悪事をしたい、人をなぶり殺しにしたい衝動でふくれ上がるのだ!判ったか!」と怒鳴るけれど、さっぱり判りません。何だ、悪の芽って。

 このように強引な筋立て、突飛な設定に面食らう小説ではある。だが、この世にいるはずのない異形の者が都会を跋扈する光景には、他の小説ではとても味わうことのできない妖しい魅力が詰まっている。ある時は電波塔のてっぺんに、ある時は小さな路地に、醗酵人間は姿かたちを自在にメタモルフォーゼしながら出没し、人々を襲う。『醗酵人間』が書かれたのは東京タワーが竣工した1958年、高度経済成長期真っ只中である。

 発展を遂げ、未来への希望に溢れた都市に、もしかしたら人知れず負のエネルギーを溜めこんだ何かが潜んでいるかも知れない。栗田は明るい豊かさの裏にある闇の存在を夢想し、醗酵人間というモンスターで表現しようとしたのだろう。そうした怪物を創造しようとする栗田の熱気と欲望が、『醗酵人間』を異様な怪作に仕立て上げたのである。

 栗田信は昭和30年代に活動した大衆作家で、SF、ミステリ、時代小説、ノンフィクションと幅広いジャンルで作品を発表した文筆家である。本書には「醗酵人間」の他に、異色SFスリラー「改造人間」、元凄腕の泥棒、緒方正平の活躍を描く「台風圏の男」など、栗田の多彩な作風がうかがえる作品が収録されている。いずれも物語構成に不備や甘さはあるけれど、こちらの想像の斜め上をいくアイディアが随所にあり、妙に病みつきになる作家だ。一読しておいて損はない。

 

文=若林踏