フクシマで生まれた20代の若者はいま何を思う

社会

公開日:2014/3/31

 難病体験を綴ったエッセイ『困ってるひと』(ポプラ社)が大好評を博した大野更紗さん。福島の原発を通して、中央と地方の関係に切り込んだ『「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか』(青土社)が高く評価された開沼博さん。2人には共通点が多い。1984年生まれ、福島県出身、2011年6月に作家デビュー。

 『1984 フクシマに生まれて』(大野更紗、開沼博/講談社)では、2人が震災後の社会のキーマンだと思う6人を招き座談を行う。今年、20代最後を迎える福島で生まれた若者は、福島について何を思うのだろう。

「医局の雰囲気が他の病院とは違いました。日本の未来のことを考える方が医局にいらっしゃった。この地域は日本の二十年先の姿なんですよ。とみなさんははっきりおっしゃいます。素直にすごいと思いました」

 自身も自己免疫疾患系の病気にかかり現在も闘病中の大野さん。彼女は福島県南相馬市の医療現場を見に行った感想を本書の中で語っている。

 20年先の未来とは高齢化社会のこと。小さい子どもがいる。経済的に余裕がある。社会的人脈がある。壮年な人々の多くは南相馬市から出て他の地域で暮らしている。残っているのは、何らかの要因でその南相馬から離れることができないであろう人々。多くが高齢者である。南相馬市はいち早く超高齢化社会に突入しているのだ。

 「これから超高齢化社会を迎える日本の未来を一足早くここで考えるんだという気概を医局の中に見て、意外に感じると同時に心強く思いました」とも語る。難病を抱える大野さんにとって医療は自身と切り離せない問題。そんな大野さんは高齢化社会に向けて真摯に考える医師がいることは心強く感じた。

 南相馬市は介護事業所が少なく、ヘルパーの数も足りない。この問題は南相馬市だけではなく日本全体に言えること。現在の南相馬市の高齢化問題を考えることは、日本全体の未来を救うことにも繋がっていく。

 「僕は震災以前に書いた『「フクシマ」論』から、原発立地地域の実態や地方が歩いてきた戦後史を紐解くことで、福島や被災地の現状を打開する解決策に寄っていけるかもしれないと主張していますが、いまだにそういうことはメインテーマとして語られません。現状語られるのは、手近で簡略化された希望ばかりです」希望ばかりを語り解決策に寄って行かない日本について開沼さんはこう話す。

 「震災後二年間は、自分では、じゃあそこをメディアがどう描いていけるかというメディア論を仕事の中心的な軸の一つとしてやってきたつもりですが、三年目に入った今年(2013年)からはもっと具体的な成功事例や新しく生まれつつある問題にも触れていきたいと考えています」とも語る。具体的には、福島の農家や漁業関係者が行っている放射能対策や農業・漁業の現状、広域避難で生まれている新しいマイノリティについての問題に触れていきたいという。

 希望ばかりではなく現状を見なくてはいけない。現状を見れば震災後に生まれた問題の解決策やこれから新しく生まれてくる問題点も見えてくる。

 2人が見ているのは、福島の現実。今あるものを、そのままの状態で見ている。現状を受け止め、問題を直視し、希望ばかりを語らない。それが、これからの日本を前進させるためには必要になってくるのかもしれない。

文=舟崎泉美