女性のむだ毛処理はいつから始まった?

美容

2014/4/3

 4月に入り、春らしい陽気が続くようになり、冬の間に愛用していたコートやぶ厚いニットともサヨナラする季節。そうなると、女性誌などで頻繁に流れてくるのが、「むだ毛の処理」。煩わしさを感じつつ、むだ毛を処理するのは女性にとって暗黙のルール。しかし、いつから女性はむだ毛を処理するようになったのだろうか?

 明治時代から昭和に発行された雑誌のおもしろ記事を発掘した『雑誌倶楽部』(出久根達郎/実業之日本社)によると、『笑いの泉』というエッセイ雑誌の昭和28年10月号に、東京劇場専属ダンサーの女性が、男性が女性のワキ毛について多い・少ないと話すのはオゲレツとつづっているという。当時、ワキ毛を手入れする人は少なかったようで、著者の出久根氏も「日本映画も、あの頃はワキ毛を平気で見せた。筑波久子、三原葉子、泉京子などを思いだす。彼女らが裸で手を上げたシーンに、興奮していたのでは私だけではあるまい」と振り返っている。つまり、むだ毛の処理という概念は戦後、男性の性的視線によって生まれたことがわかる。

 現代の雑誌でも、SEXに関する特集は多く、読者の興味を引き付ける要素であることは間違いないが、昔もいまと変わらず、性への関心は強かったようだ。それがわかるのが、雑誌『あまとりあ』の昭和28年4月号。しかし、現代のようにふんだんにヌード写真が掲載されていたり、HOW TO SEXが具体的に書かれているわけではない。「あまとりあ」のグラビアページは、「熱帯植物の幻想」と題して、4ページにわたりいろんなサボテンの写真が載っているのだ。キャプションに沿って見てみると、ようやくサボテンが男女の体の一部に見えてくる、という仕掛け。というのも「あまとりあ」、単なるエロ雑誌ではなく、「性交は芸術である」という思想をもとに作られた雑誌なのだ。こういった艶笑話の方が、視覚的なヌードよりもずっとエロいのかもしれない。

 共働き夫婦が増えている現代、『VERY』(光文社)の世界に住んでいるような、経済的に余裕のある女性が「VERY妻」として憧れられる存在だが、いつの時代も「お金持ちの奥様」は庶民の興味の対象である。「名流夫人」を直撃し、その本音を引き出しているのが『婦人世界』大正12年8月号。院長夫人の女性が、娘への性教育について聞かれると、裸体画やフランス文学などを止めずに見せておくことと答えたり、社会主義や労働争議について聞かれると、共鳴を唱えたり、過激派を自称したり。銀行頭取夫人は、記者に学友を「ブルジョア」と紹介し、学友は「プロレタリア」と謙遜する。大正という時代を考えるとかなり大胆な物言いだが、出久根氏は「プロレタリアだのブルジョアだの、過激派だの性教育だのという言葉は、意識ではなく、流行語なのである。当時は、新しい言葉だったに違いない。それを口にのぼせるのが、先端を行く生き方だったのだ」と指摘している。たしかに、名流夫人の会話のやりとりを見ていると、「こじらせ」「自虐」「マウンティング」といった現代女性の自意識につながる源流が見てとれるのがおもしろい。

 明治時代以降のほんの150年の間で、むだ毛の処理のように大きく変わった習慣がある一方で、性への探求心のように脈々と続いているものもある。本書で、現代の常識とかけ離れた世界をのぞいてみては?