細胞のミラクルワールドを巡る2年半の旅。その詳細を伝える渾身のドキュメンタリー

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更新日:2014/8/22

1989年に放送された「驚異の小宇宙 人体」で日本に「人体ブーム」を巻き起こしたNHKスペシャルに、久しぶりに人体にフォーカスした番組「人体 ミクロの大冒険」が登場。番組制作の指揮官にして、番組書籍ビジュアル・ブックの著者でもある高間大介プロデューサーに、細胞ワールドを巡る旅を終えての発見や感想、著書の読みどころなどを語ってもらった。

なぜいま“細胞”なのか

高間大介

高間大介
NHK大型企画開発エグゼクティブ・プロデューサー。1984年日本放送協会入局、岡山放送局、科学・環境番組部等を経て、現職。主な担当番組にNHKスペシャル「ヒューマン」「私のなかの他人」「海・知られざる世界」「地球大進化46億年・人類への旅」「恐竜vsほ乳類1億5千万年の戦い」「女と男 最新科学が読み解く性」などがある。

3月29日からの番組オンエアーに合わせ、『人体 ミクロの大冒険 60兆の細胞が紡ぐ人生』(角川書店)が書店に並んだ。著者名は「NHKスペシャル取材班」となっているが、事実上の主筆は、NHK大型企画開発センター エグゼクティブ・プロデューサーの高間大介さんだ。

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「今回の主人公は細胞で、ヒトの一生を細胞の営みから見ていきます。番組書籍の章立ては、第1章が命の誕生である受精をはじめとした細胞の世界を概説、第2章が思春期までの成長段階における細胞の変化、第3章が細胞がつくりだすホルモンに焦点を当て、第4章で老いと死について取り上げました。NHKスペシャル(以下、Nスペ)ではプロローグと本編3本という全4回で放送しました。今回細胞をテーマに取り上げた理由は“生命史の3大発明”のひとつとしての多細胞化を描きたかったからです。生命史には、人間への道を開いた3大発明があると僕は考えています。それが多細胞化、性の発明、そして死の発明です。この3大発明のなかでも、もっとも根本とも思える多細胞化を扱ったのが今回のシリーズです」。

「もうひとつの理由は、ジャーナリスティックな側面です。iPS細胞に代表されるように、細胞に関する科学は非常に進み、細胞の可視化を容易にしたバイオイメージングという技術革新もある。テレビ制作者目線として、知られざる細胞の世界をリアルに映像にできるチャンスが来た、という思いもありました」。

番組書籍のはじめに、「企画の準備を開始したのは2010年のことだ」と高間さんは記した。完成まで4年間とは、ひとつのNスペ作品としてはずいぶん長い制作期間なのではないだろうか?

「正確には、Nスペ用には2年半の制作期間です。それでもNスペとしては異例の長さです。時間を費やした理由は、高精細CGでの映像表現の作り込みもありましたが、何より放送内容に正確さと慎重さが求められることもあります。細胞は病気や生死にも関わるテーマであり、正しい情報の提供と視聴者への配慮も求められます。Nスペとしては初めての本格的な4KによるCG映像に挑んでいることもあり、熱の入った作業をオンエアー直前のギリギリまで続けています。一方ですでに完成した番組書籍には、取材班がこの2年半の間にどんな細胞研究を辿ってきたか、その足跡が詳細に描かれていますので、ぜひ番組と合わせて読んでいただくと、細胞を巡る探求の深さと広がりをわかっていただけると思います」。

細胞を取り巻く時代の熱

世間からの注目度も高い新・人体シリーズだけに、きっと高間さんにはなにか番組・本づくりにおいて“こだわり”もあったに違いない。それはいったいなんだったのだろうか?

「こだわったことは、“時代の熱を帯びたものにする”ということ。細胞研究はいま、技術革新やiPS細胞の登場により、世界が注目しています。こうした細胞をめぐる時代の熱を取り込むため、番組作りではiPS細胞の第一人者、山中伸弥博士をゲスト解説者としてスタジオに迎えることにこだわりました。幸いにも、山中さんがノーベル賞を受賞する以前に、すでに出演オファーをしていたので実現させることができました」。

「また、番組書籍に関しては、登場する取材先である研究機関や協力先、科学者名や証言者名だけでも、国内外30カ所以上、50名以上にものぼります。こうした取材現場での描写も、研究内容だけでなく研究者たちの人となりが伝わる描写を加えています。細胞ワールドの解明を最前線で行っている人たちの熱気や、手探り状態でもあるといった苦労している研究者たちの活きた姿を、読者に余すことなくお伝えしたかったわけです」。

「体内で生まれる様々な免疫細胞」高精細CG

「体内で生まれる様々な免疫細胞」高精細CG

番組書籍の第1章「『私たちが生きている』ということ」の冒頭、高間さんはこう読者に問いかける。「人間の身体をつくっている200種類の細胞のうち、最大の細胞は何か? 最多の細胞は何か?」と。

「科学番組を20年以上手がけてきましたが、今回改めて自分はなんと細胞に対して無知だったのか、を思い知らされました。そこで自戒も含め、細胞に対して僕たちは何も知らない、という問いかけから本の執筆を進めました。正解を言えば、最大の細胞は卵子、最多の細胞は赤血球です。卵子や赤血球が細胞であることも知らないし、その驚くべきメカニズムはさらに知りません」。

「卵巣の壁を破って排卵される卵子」高精細CG

「卵巣の壁を破って排卵される卵子」高精細CG

「たとえば、卵子は卵巣から排卵されて受精に備えますが、卵巣にはじつは出入り口が無い。そこで卵子は鎧役となる細胞を身にまとい、卵巣の壁を突き破るわけです。これはほんの一例ですが、今回の番組や本で描く細胞やホルモンなどの働きを知ったらきっと、人間が自ら描いている自画像というのは、まったく変わるかもしれませんね」。

細胞が教える人間の真の姿

「僕たちは、“人間は特別な存在”という自画像を心のどこかで描き、人間らしさは生物に共通した細胞にはないと、細胞に無関心でいるのかもしれません。しかし細胞の営みで言えば、人間も他の動物や生命と同じく、その活動の99.9%は生存や生殖のためです。残りのごくわずかな部分で、知性や心を持つ人間らしさを発揮しているようです。その心も私たちは人間にとって特別のものと思い入れていますが、ホルモンなどの物質が深く関わっています。そのメカニズムはほかの生物と共通する部分が大きいようです。人間だけがもつ、人間らしい部分など、泡沫(うたかた)となって消えてしまう可能性もあるわけです」。

細胞ワールドの最前線という科学知識に触れられる一方で、人によっては大きく価値観や人生観を揺さぶられる可能性も秘めているという『人体 ミクロの大冒険』。しかし一方で、希望に満ちた側面も描かれている。「遺伝子情報だけで人生は決まってしまうのでなく、育つ環境が重要」といったエピソードや、老化や寿命に対する科学的なアンチエイジング対策だ。

“人間を決めるのは氏(DNA)か育ち(環境)か”に関して、僕はこの番組を作り終えてみて、育ちだなという感想を持っています。つまり細胞が外部環境に応じて遺伝子のスイッチを巧妙に切り替えて、臨機応変に対応していくメカニズムが働いています。これは希望にもつながるでしょう。また老化に関しては、“長寿1000歳計画”といった途方もないことを考えている工学博士が米・シリコンバレーにいます。この博士の研究は残念ながら番組では使えませんので、興味のある方はぜひ、番組書籍の方で読んで頂きたいと思います」。

「いずれにせよ細胞研究が進むことで、今後人間の健康年齢がより伸びていくことは可能でしょうし、老化への対策も多くのことができるようになると思います。その面では細胞ワールドの探求と研究成果によって、多くの希望を僕たちは享受できることになるでしょうね」。

では最後に、番組を作り終えた高間さん自身の仕上がり満足度と、そして、読者・視聴者へのメッセージを語っていただこう。

高間大介

「番組面で言うと、こんな映像世界は観たことない、と感じてもらえる番組づくりに、久しぶりに関わることができたという達成感はあります。しかし満足度は、45%くらいかな(苦笑)。やはり番組ではいろんな制約上、カットせざるを得ないシーンも多々ありますから。ですから番組を見て頂き、そして番組書籍と5月以降に出版されるビジュアル・ブック
、そのすべてを見て頂ければ、僕が伝えたかった細胞ワールドの全貌が、何とかお伝えできるのではないかなと思ったりもしています」。

「メッセージとしては、初めての映像体験であり、そして他でもない“あなたの中で起こっている世界です”ということ。ぜひそういう目で映像を見て欲しいです。番組書籍に関しては、番組では伝えられない研究者たちの活躍ぶり、苦悩ぶりもさることながら、僕たちスタッフの熱意や驚きなどが随所に織り込まれていますので、その辺も楽しんで欲しいです」。

「最後にビジュアル・ブックですが、これは映像で使うCGとは別に新たに細胞ワールドをビジュアル化させています。番組とは違った角度にもフォーカスをしています。たとえば、胎盤と樹木は似た形をしています。番組では“生命の樹”としてあっさり紹介するだけですが、この類似はすごく象徴的なことだと僕は思っています。こうしたミクロとマクロの世界で起こっている生命現象の類似性をクローズアップさせた、ビジュアル・ブック
ならではのレイアウト展開も行っています。ぜひ命の荘厳さを感じて頂きたいと思います」。

人体 ミクロの大冒険 60兆の細胞が紡ぐ人生

『人体 ミクロの大冒険 60兆の細胞が紡ぐ人生』

KADOKAWA 角川書店/ 1,620円

人はどのような細胞の働きによって生かされ、そして、なぜ老い、死ぬのか。本書は生命が40億年の歳月をかけてつくりあげた仕組みを読み解こうという壮大な「旅」である――。

『NHKスペシャル 人体 ミクロの大冒険 ビジュアル版
―細胞のミラクルワールド』

NHK出版 / 2,484円

わたしたちの身体を構成するおよそ200種・60兆個の細胞。一生の間にのべ約1京回繰り返されるといわれる細胞分裂。そして、人間の基本を決め、経験を人格へと反映させ、あるいは定められた運命を変えることさえできる細胞の力。人の一生をたどりながら、細胞が紡ぐいのちの壮大な仕組みをビジュアル~バイオイメージングと高精細CG~でひもといていきます。
*書影はイメージです。変更の可能性があります。

NHKスペシャル『人体 ミクロの大冒険』公式サイト

【プロローグ】ようこそ!細胞のミラクルワールドへ
【第1回】あなたを創る!細胞のスーパーパワー
【第2回】あなたを変身させる!細胞が出す”魔法の薬”
【第3回】あなたを守る!細胞が老いと戦う