官能WEB小説マガジン『フルール』出張連載 【第41回】浅見茉莉『言って、イって ~官能作家育成中~』
公開日:2014/4/8
浅見茉莉『言って、イって ~官能作家育成中~』
官能小説編集者の中溝兵衛(なかみぞひょうえ)は、ひょんなことから担当することになった若手文芸作家・楠木恭司(くすのききょうじ)に頭を抱えている。スランプで崖っぷちに立たされているにもかかわらず、あんまりにもウブでピュア、色恋からはほど遠い――そんな恭司に“ソソる”官能小説を書かせるため、中溝が取った方法とは!? 大人気短編「言って、イって」、待望の続編!
どうしてあんなことになってしまったのか――。
編集部の自分のデスクで、中溝兵衛(なかみぞひょうえ)はキーボードを打つ手を止めた。マウスの横のカップに手を伸ばし、空っぽなのに気づくと、立ち上がってついでに大きく伸びをする。
どうしてったって……なあ。
抽斗から小銭を掴み、フロアを出て自販機に向かった。その間も小作りに整った顔が、脳裏をちらちらとよぎる。それはお気に入りの若手女優でも、グラビアアイドルでもない。
中溝が担当する作家、楠木恭司(くすのききょうじ)二十一歳。れっきとした男だ。
その恭司と、いわゆる素股行為を行ったのが先週のこと。
そもそもは実地指導という触れ込みだった。なにしろ恭司は、中溝が所属するスリット文庫編集部で官能小説を書くことになったにもかかわらず、経験不足から肝心のシーンがまるでものにならなかったのだ。抽挿音が『ズルズル』では興ざめも甚だしい。
ちょっとした言い合いの後、ならばどんな音がするか試してみようということになり、中溝は恭司の尻に指を入れた。
反応が予想外だったんだよな。予想以上っていうか。
ふつう、仕事相手の同性からそんなことをされたら、必死で逃げて相手を非難すると思う。少なくとも中溝だったら、拳のひとつもお見舞いする。それ以前に仕事のためだろうとなんだろうと、絶対にさせはしない。
恭司も初めは驚き狼狽えたものの、次第に感じ始めて勃起した。それまでの様子から童貞なのは確実で、それが尻に指を入れられて身悶えているのは、なんというか――妙にそそった。
初めて他人の手で快楽を得ている、それを自分がもたらしているというのは男心をくすぐるものらしい。たとえその相手が同じ男だったとしても。
まあ、恭司があまり男臭くないタイプだったことも大きいのだろうが、尻を揺らして喘いでいるさまは可愛いと言えなくもなかったし、もっと感じさせたい、乱れるところを見てみたいという気にもなった。
それに対し、恭司は大いに応えてくれた。中溝の理性を吹き飛ばすほどに。
さすがに指の代わりに自分のものをぶち込むのはとどまったが、恭司の太腿のつけ根にペニスを挟んで、ほとんどセックスと変わらない動きでもつれ合い――ともに達した。
射精して我に返りはしたものの、絶頂の余韻でぼうっとしている恭司は相変わらず可愛く見えたし、気まずいとか「やっちまった」という後悔は感じなかった。
それは恭司のほうにも屈託がなかったこともあるだろう。むしろ恭司は執筆のヒントを得たことに嬉々として、フルチンのままパソコンに向かおうとする勢いだった。
あまりにもあっけらかんとしていて、もうちょっと気にしろよと中溝が突っ込みたくなるくらいに。
とにかく恭司の作家としてのひたむきさに、編集としてできるだけ手助けしていこうと決めた。ことにこういうことなら自分も楽しめるし、と思ったのは、役得と見逃してほしい。中溝だってまだまだ男盛りなのに、近ごろは遊ぶ暇もないのだから。
――と思っていたのだが、時間が経つにつれて、やらかしちまった感が押し寄せてきている。
当然のことながら、自分と恭司の間に色恋の感情はない。つい数か月前に知り合ったばかりの、編集と作家という関係だ。
その仕事相手の尻に指を突っ込み、ペニスを扱き、素股までしてしまった。しかもエロ事未経験者に。
中溝自身も同性を相手にしたのは初めてだが、二十七の男としてそれなりに恋愛もセックスも経験している。己の性のアイデンティティーみたいなものはすでに確立しているわけで、今さらちょっと男と乳繰り合ったくらいで揺らぎはしないが、恭司はどうなのだろう。
事後の様子は前述のとおりにどうということもなく、むしろ経験させてくれてありがとうという様子だったが、仕事と切り離して考えた場合、どう思っているのか。
言ってみれば男と初エッチだぞ。それって――。
2013年9月女性による、女性のための
エロティックな恋愛小説レーベルフルール{fleur}創刊
一徹さんを創刊イメージキャラクターとして、ルージュとブルーの2ラインで展開。大人の女性を満足させる、エロティックで読後感の良いエンターテインメント恋愛小説を提供します。