死者はとんだ金食い虫!? 世界断然1位の日本の葬儀費231万円は妥当なのか

社会

2014/4/15

 都市での無縁死や孤独死が増えている今、老後の生活費同様に独身者が考えなければならないのが「自らの処分費」。これがめっぽう金がかかるのである。

 宗教学者であり、葬送の自由をすすめる会会長の島田裕巳氏の著書『0葬――あっさり死ぬ』(集英社)によると、日本の葬儀平均費用は231万円で、世界の葬儀費用の中でもダントツ1位。アメリカの44万4000円、イギリスの12万3000円、ドイツの19万8000円で、韓国の37万3000円と比べると、日本の死者がいかに金食い虫であることが分かる。また、これに墓代まで合わせると、実に100万~1000万円の費用がかかるというのである。

 数百万円も葬儀に金をかけるなら、生きている間に使い果たしたい。そう考える人も少なくないだろう。縁遠い実家の墓に無理やり詰め込まれ、「なんで結婚しなかったんだ」なんて、死後まで小言を言われるくらいなら、生前同様、一人安らかに眠りたい。最近では夫の墓に入りたくない妻たちの共同墓地も密かに人気を集めている。要は宗教心が薄れた分、生きている間の業をあの世まで持って行きたくない人が増えているのである。

各国の葬儀費用

世界の葬儀の平均費用

 そこで近年注目を集めているのが自前葬や自然葬。Amazonや楽天で2万円前後で棺おけを事前準備し、死んだ直後は、通夜や告別式をすっ飛ばして「直葬」で火葬場へ。遺体を燃やし終えたら、海や山に撒いてもらう「自然葬」を生前にセルフプロデュースしておけば、予算を十数万円にまで抑えられる。死んだ直後のどたばたの中で、見ず知らずの業者や僧侶に高い値段をふっかけられる心配もないのだ。

 とはいえ、葬儀代や墓代をけちって、バチがあたらないのだろうか? そんな不安に駆られる人も少なくないだろう。島田氏いわく、死者が出れば丁重に葬らなければならないという通念や観念があるものの、近年の日本はその丁重さがすべて金ではかられるようになっていると指摘する。現在行われている仏教式の葬儀は、もともと修行途中に死んだ雲水のために行われた曹洞宗の葬儀に発しており、十分に生きることができなかった無念さを晴らすという意味がある。ところが、今は80歳、90歳まで生きて「大往生」する人が多く、無念と言えるものではない。その点で現代の葬儀のあり方は、現代の死のあり方にそぐわないものになっているという。要するに死者が無念を残していなければ、大それた葬儀をやる意味はないのである。また、葬儀の意義として、「遺族の悲しみを慰めるためのもの=グリーフ・ケア」を唱える人がいるが、主張しているのはもっぱら葬祭業者や葬祭コーディネーター、僧侶あたりだと皮肉っている。

 残る問題は法律だ。当たり前だが、日本の法律ではどこでも遺体や遺骨を埋めていいわけではない。戦後1948年5月、公衆衛生上の理由から制定された「墓地、埋葬等に関する法律(墓理法)」の第2条第5項に墓地についての規定があり、「墓地とは、墳墓を設けるために、墓地として都道府県知事(市又は特別区にあつては、市長又は区長。以下同じ)の許可を受けた区域をいう」と定められている。

 近年、広まっている遺骨を墓には葬らず、海や山に撒いてしまう自然葬、散骨というやり方は、当初この法に触れると見なされていた。しかし、1987年に厚生省が見解を示し、「もともと土葬を問題視にして遺灰を海や山に撒くといった自然葬は想定しておらず対象外」と表明したことから、より一般的になった。ただし、海は誰のものでもないが、山となると必ず所有者がいるため、山で散骨する場合は、自分たちで所有している土地か、自然葬を行うことが許可されたところでないとできない。

 生活の多様化や高齢化に伴い、墓守がいなくなり、無縁墓となる問題は年々深刻化している。その整備費用は現在、地方自治体の税金から賄われている。

 それでも墓を持ちたいか? 現代には現代にあった弔われ方を模索する必要がありそうだ。

文=山葵夕子