九州でしか作れない本とは!? 九州に根づく出版社の意地と誇り

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/22

本とコミックの情報誌『ダ・ヴィンチ』がこの4月で20周年を迎えた。同じく連載20周年を迎える『名探偵コナン』とコラボし、俳優・佐藤健とコナンが夢の競演を果たした表紙を掲げている最新号では、創刊当時から連載を続けている北尾トロも20周年記念企画を敢行。全国各地へ“本”をめぐる取材をしてきた北尾だが、この20年、九州にほとんど行っていないことが判明し、20周年の節目は九州取材で迎えるべき、ということで、「行かなくてごめんなさいツアー」を自身の企画連載で行っている。

――我々は、地元密着型出版社である長崎文献社に乗り込んだ。同社は、長崎の歴史的資料を一般書に編纂して世に出すことを目的として1965年に設立され、2001年に一度倒産したものの、地域とともに歩む出版社を失う訳にはいかないとの地元の熱意で見事に復活した経緯を持つ。

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「県のサポートを受けて出版した『旅する長崎学』などのヒットで経営が安定してきました。地域の文化的な核として責任がありますし、それに恥じない本を出していきたい」(代表取締役 中野廣さん)

恥じないどころか、ここでしか出せない本を良心的価格で出している。代表例は大判函入り本『グラバー魚譜200選』。この印刷クオリティで3万円台は破格だと、生き物好きな日高トモキチ画伯(「走れ! トロイカ学習帖」でイラストとマンガを担当)も興奮を隠せない。

私も同感だ。大部数ではなくても、地元ゆかりのグラバーなら図書館をはじめとする施設などで需要が見込める。その数字が採算ラインに達するならばやるべきだし、それが我が社の存在意義でもある。そういう気合や使命感が伝わってくるビジュアル書なのだ。

同社の出版物を見て思うのは、地方と中央のレベル差を感じさせないことである。どこの地域でも言えることだと思うが、いいスタッフを揃えたとき、その質には中央も地方もない。中央は人材の数が多いだけのことだ。とくにビジュアル面はここ10年ほどでその傾向が強くなっている。

同社の専務取締役・堀憲昭さんは元講談社の編集者。リタイア後、縁あって長崎文献社にきた方だ。地元出身だが、妻子を東京に残しての単身赴任。それってキツくないですか?

「長崎はいいところだし、地域に根ざす出版はおもしろいですよ。歴史のある町だけに、視点を変えれば企画は尽きない。なかなか東京に戻る気になれなくてね(笑)」(堀さん)

地元の応援に甘えていたら、いつだめになるかもしれない。倒産から這い上がる過程で同社にはハングリー精神が宿った。ヒット作を生もうとする、版元として健全な欲があるのだ。

「当社発行の『赤とんぼ―1945年、桂子の日記』が版を重ね、全国で売れ始めています。もしかしたらドラマ化されるかもしれません笑)」(堀さん)

九州発のヒット作では『ペコロスの母に会いに行く』(西日本新聞社)が記憶に新しい。作品次第では、版元の大小にかかわらず話題になる時代だ。しっかり利益を出し、県民の遺産を守り、なおかつ小さくまとまろうとしない。長崎文献社の元気さに、私の頬も緩みっぱなしだ。うどん好きなので、地元名産・五島うどんの本をぜひ作って欲しいとお願いまでしてしまったよ。五島うどんについて愛情あふれる本を作れるのは、全国広しといえど同社をおいて他にない。で、急な提案について中野さん、堀さんが「いいですね」なんて一瞬反応するのである。嬉しくなるほど地元に関して貪欲だ。――

同誌では続いて、佐賀県で、民間委託されたことで物議をかもした武雄市図書館を、宮崎県では、毎月『ダ・ヴィンチ』を番組で取り上げているFM宮崎を訪ねている。

大分、熊本、鹿児島、福岡を巡る後半は次号『ダ・ヴィンチ』6月号に掲載される。

構成・文=北尾トロ/ダ・ヴィンチ5月号「走れ!トロイカ学習帖」