なぜ日本人は「ゆるキャラ」が好きなのか

社会

公開日:2014/5/8

 どんな人気タレントよりも、今テレビで引っぱりダコなのは「ゆるキャラ」だろう。時は、「ゆるキャラ」戦国時代。現在世の中には、1500体以上の「ゆるキャラ」がいるらしい。さらに、埼玉県だけでも100体以上の「ゆるキャラ」がいると聞くと、あまりの数に驚かされる。なぜ日本にはこんなにも「ゆるキャラ」が溢れたのだろうか。何がここまで人の心を掴むのだろうか。

 青木貞茂氏著『キャラクター・パワー ゆるキャラから国家ブランディングまで』(NHK出版)では、キャラクターに溢れた日本文化の分析を試みている。青木氏は、「ゆるキャラ」ブームがおきた要因として、東日本大震災と地方経済の苦境を挙げている。東日本大震災発生後、人々が感情的・精神的な絆を欲するようになった一方で、地方自治体の経済は困窮した。このような時代情勢の中で、合理性や機能性を超えたエモーショナルな温かさを持つ戦略を考えた時、最も有効だったのが、「ゆるキャラ」という存在だった。地方の名産品の売り込みのためには、元長野県知事の田中康夫や宮崎県知事だった東国原英夫のように自治体に「顔」がないと知名度をあげることができないと気づいたのだ。

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 青木氏は「ゆるキャラ」に限らず、日本のキャラクターの特徴として、口が描かれていないデザインの「ハローキティ」に代表されるような無表情さを指摘している。そんな特徴を持つキャラクターを「ムヒョキャラ」というようだが、サンリオに限らず、「くまモン」や「バリィさん」など最近ヒットしたキャラクターは、無表情で設定もそれほど精緻ではない。ディズニーなど、アメリカ生まれの喜怒哀楽がハッキリしたキャラクターとは対照的だ。青木氏によれば、ネズミのくせに犬を飼い、常に口角が上がっているミッキーマウスのような人間らしさを強調して表現することを目指していたキャラクターではなく、日本で好まれるのは、あくまでも人間に隣接した、ペットのような存在なのだ。

 欧米人は、自分を励ましてくれるような存在を欲するが、日本人は何も言わずに自分に同意してくれるものを求める。無表情なキャラクターは、自分の思ったことや感じたことにいつでも同意してくれる存在になることを青木氏は指摘している。複雑な人間関係に疲れた現代人にとって、何も言わずにじっと自分のそばで見守ってくれるキャラクターは癒しの存在となる。人間関係が稀薄な現代、人は人間でないものにまで感情的な潤いを求め、感情移入する。本来、友人や人間との関係において充足されるはずだった安らぎは稀薄化する人間関係によってなかなか満たされない。そのため友人や家族の代替物としてキャラクターが求められるようになったという。

 強いストレス社会が人々がキャラクターを愛でる時代背景となった。「ゆるキャラ」についていえば、その魅力は名の通りの「ゆるさ」だろう。たとえば、人気の「ゆるキャラ」には、「きもかわいい」と表現されるキャラクターが多い。その代表例としては、仏様に鹿の角をつけたことで物議をかもした奈良の「せんとくん」、愛知県岡崎市の「オカザえもん」が挙げられる。「オカザえもん」は、バツイチ子持ちで長身、白い肌でおかっぱ頭の鼻と口が「岡」、胸毛は「崎」の字になっていて、お世辞にも可愛くはない。だが、2013年の「ご当地キャラ総選挙」では見事に第2位となっている。

 ステレオタイプのイメージを裏切るものを提示されると、人間は拒否感を覚えるとともに惹かれてしまうという矛盾した状態におかれる。何か不完全で劣っている存在を見ることで、人は、特別な心地よさや心理的な親密さを感じるのだ。特に日本社会には、AKB48を始めとするにアイドル文化の隆盛も例に挙げられるように「不完全さ」「下手」「隙」を魅力としてとらえ、むしろ完璧なものより好む傾向がある。2013年のAKB総選挙で、大島優子をおさえてヘタレキャラの指原莉乃が1位となったのが象徴的であるように、作り込まれていない「隙」をファンが見つけ、関与することによって「ゆるキャラ」の人気は広まっていったのだと青木はいう。

 日本には、古代から動物や植物にはおよばず、岩、山、川などにも霊魂がやどっていると考えるアニミズムを持ち続けている。古くから、何にでも魂が宿ると考える日本では、神話や民話にドジもやれば、ヘマもする神様や動物たちにとどまらず、モノをも擬人化し、キャラクター化してきた。そんな歴史を持つ日本人は、人間的な特徴を持つキャラクターを生み出すことが一般的な欧米と比べ、何でもかんでもキャラクターにすることに抵抗がなかったのだろう。「ゆるキャラ」が膨大に増えた原因もここにあるかもしれない。

文=アサトーミナミ