ベストセラー作家、ミッチ・アルボム待望の新作 『時の番人』──人生という砂時計の進め方

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2014/5/23

『モリー先生との火曜日』、『天国の五人』、『もう一日』などの著者・劇作家で、世界中で3000万冊以上を売り上げるベストセラー作家のミッチ・アルボム。その待望の新作『時の番人』が「ハリー・ポッター」シリーズでおなじみの静山社より発売された。同社編集者、植村志保理さんに、本書の読みどころや著者の魅力などを聞いた。

アルボム作品が欧米で続々とテレビドラマ化される理由

 もし天使が「これがあなたに与えられた“時間”です」と、目の前に時計を差し出すとしたら、おそらくそれは限りを象徴する砂時計に違いない。しかし幸か不幸か、人は「長い人生、時間はたっぷりある」と、まるで永遠の命を生きるかのように、時への感謝を忘れて日々を過ごす。さらにある人は「もっと時間が欲しい」と望み、ある人は「もう止めて」と、時を放棄することさえ願う。そんな“時間”をめぐる人々のドラマを描いたのが、米国のベストセラー作家、ミッチ・アルボムの新作『時の番人』だ。

ミッチ・アルボム

ミッチ・アルボム
ミッチ・アルボム●1958年生まれ。作家、劇作家、脚本家。『モリー先生との火曜日』が世界的ベストセラーとなる。フィクションの『天国の五人』、『もう一日』、ノンフィクションの『ささやかながら信じる心があれば』(以上、NHK出版)はすべてテレビドラマ化された。本書が三作目の小説となる。チャリティ活動に精力的に関わっている。妻ジャニーンと米国ミシガン州在住。

「ミッチ・アルボムのデビュー作にして出世作となった『モリー先生との火曜日』は、死期の迫った大学時代の恩師モリー先生から学んだ、“人生をいかに生きるか”という教訓を綴った作品でした。この作品以来、アルボムは一貫して“生と死”を作品の根底を流れるテーマにしているのです」。
と語るのは『時の番人』の担当編集者、静山社の植村志保理さんだ。

「アルボム作品の魅力はなんといっても、老若男女すべての人にとって普遍的なテーマを描くというそのスタンスです。本国アメリカでは、作品のほとんどがテレビドラマ化されるほどアルボム作品は、幅広い年齢とファミリー層にもアピールできる内容を持った作品なのです。そして、決して難しい表現は使わず、シンプルでいて味わい深い言葉を選んでいるというのが彼の持ち味です」。

 

古代人ドールが生み出した“時間”と現代人のつながり

そんなアルボムは新作『時の番人』において、“生と死”という定番テーマに加え“時間”という新たなモチーフを登場させた。

「今回のメインテーマである“時間”もまた、すべての人にとって関わりのあるもの。この作品を機に、時について考えてみることは人生にとって有意義なことだと思います。
キャスト構成はとてもシンプルで、主人公ドール、女子高生(サラ)、老人紳士(ヴィクター)の3名の人生を中心に描いた小説です。

主人公のドールは古代人ですが、推定30代の妻子持ち男性で、人類で初めて時をカウントし始めた人物として描かれます。ドールが生きた時代は“バベルの塔”が建造されていた時代で、少なくとも6000年前くらいです。そのドールが好奇心から時をカウントし、原始的な時計を考案します。そして生まれた“時間”という概念が、現代人にどんな影響を与えたかを、現代を生きる女子高生サラとお金持ちの老人男性ヴィクターの生き様を通して描かれていきます。

キャストがシンプルな分、描写は各人の生きる時空をずらすようにコラージュされていて、最初は少し戸惑うかもしれません。しかしこれにも意味があり、やがて3人の時間の時空がピタッとシンクロするので、その時を楽しみにしながら読み進めて欲しいですね」。

著者のアルボムはいったいどんな思いからこの小説を書いたのか。海外メディアに応えたインタビューの中から、著者本人の言葉を紹介しよう。
「ひとたび時間を数え始めたときから、我々は日数をカウントダウンし始めました。人間は1日、1カ月、1年という時の長さを知る以前のほうが、はるかに自由に、はるかに多く“その瞬間”を生きていたのではないかと、私は思っています」。

本作でとても重要な意味を持つ「洞窟シーン」

旧約聖書に登場する「バベルの塔」とは、天に住む神への挑戦という人間の慢心・野心の象徴だが、時をカウントしたドールの好奇心も、神にとっては許しがたいものだったようだ。小説の中でドールには罰として『時の番人』の役目と“永遠の時間”が与えられ、再び地上に戻ることを許され現代にあらわれるまでの6000年を、ドールはじっと洞窟の中で過ごすことになる。
編集者の植村さんが「とても好きな描写です」と言う洞窟でのシーンだ。
「洞窟に閉じ込められたドールの前に現れた天界の老人が、天と地がつながった時がここを出る時だ、と知らせます。それは洞窟内の上からの鍾乳石と下からのそれがつながるまでの、まさに悠久の時を意味しています。この天界の老人とのやり取りは他にも、時間に対する神秘性や人生に対する示唆が感じられる言葉があり、私はとても好きなシーンですね。

そしてその間ドールは、自分が好奇心から創造してしまった時計、つまり時間が人々に与えた影響を、洞窟の池の中から響いてくるいろんな“声”──その多くはなげきや悲しみ、を聞かされることで自分の罪を思い知ることになります」。

アルボム自身もこの洞窟シーンが一番のお気に入りのようだ。再びインタビューから著者の言葉を紹介しよう。
「(私が好きなシーンは)天界の老人が『時の番人』(ドール)に問いかけるシーンです。なぜ我々は死ぬのか、なぜ神は我々の時間を限りあるものにしているのか、と。『時の番人』は答えます。『日々をかけがえのないものにするためなのだ』と。それはまさに人生についての真実であり、この物語の本質なのです」。

人間の時間に限りがあるのはなぜ?

つまり時間に追われ時間そのものを楽しむことを忘れてしまっている。そんな現代人を生み出してしまったことが、どうやらドールの罪の本質のようだ。本書に登場する老紳士ヴィクターは、たたき上げの人生を送り、資産家となった。しかし、死期が迫ってなお「もっと、もっと時間が欲しい」と願い、財産のすべてを延命のために使おうと考える。アルボムはインタビューでこう語る。
「(時間が欲しいという欲求は)我々が持てる時間をいま楽しめておらず、いつかは楽しめるようになるだろうと思って、より多くの時間を求めているということの表れではないでしょうか。(中略)おそらく間違ったやり方で時間を過ごしていて、それを正すためにもっと多くの時間を秘かに求めているのです」。

そしてもうひとりの登場人物サラは、将来有望なリケジョの資質を持った女子高生だが、今は憧れの男性とのデートのことで頭が一杯だ。しかしその恋愛がこじれると一転、人生という時間を止めて欲しいとさえ願うようになる。植村さんがこう語る。
「サラとヴィクターに共通しているのは、ひとつのことに夢中になり過ぎてしまったために、周囲をちゃんと見られなくなってしまうという、誰にも起こりがちな視野の狭まりです。サラとヴィクターには、二人を心から愛している家族や第三者がちゃんといるのですが、そのことのありがたさには気づけないでいます。

本作は時間や生死をテーマにしながらも、いちばんのポイントは人生の質をいかに高めるかを、アルボムなりの視点から問いかけているのです」。
 では『時の番人』を読んで、植村さん自身に何か変化はあったのだろうか?
「編集者という仕事柄、締切という番人につねに追われています(笑)。本作にはドールが与えられる砂時計が登場します。そしてドールはその砂粒の落下、つまり、時間を止められるのです。そこで今は、自分のイメージの中で砂粒を止め、時間を意識しないのんびりとした時間を毎日の中に作るようにしています。

この作品を読んでみなさんもぜひ、時間を止めて、その瞬間を楽しむようにする。そんな過ごし方をしてみて欲しいなと思います。きっと人生を豊かにしてくれると思います」。人生とはまるで、ひっくり返せない砂時計のようなもの。だからこそ、意味があると著者は言う。最後に本作に込めたアルボム氏からのメッセージを紹介しよう。
「人間の時間に限りがあることには理由があります。それは、我々の日々をかけがえのないものにするためです。これは、我々の死すべき運命についての美しい算数です。(中略)我々の時間は限られているので、どのように日々を過ごすかを選択しなければなりません。何を選択したかで人生の質が決まり、それが我々の時間を価値あるものにするのです」。

時の番人

時の番人

静山社 ミッチ・アルボム著 甲斐理恵子訳 1500+税

好奇心に駆られて、時を計測する時計を考案してしまった古代人ドール。本来、ただ楽しむべきものだった時をカウントすることは、いったい現代人にどんな影響を与えてしまったのか。『モリー先生との火曜日』が世界的ベストセラーとなったミッチ・アルボムが、生と死、そして時間をテーマに「いかに生きるか」を現代人に問いかける待望の新作小説。