初音ミクは音楽業界にどんな影響を与えたのか?

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公開日:2014/5/23

 いまやJポップを凌ぎカラオケランキングの上位にランクインするようにまでなった初音ミクをはじめとするボーカロイド(ボカロ)の楽曲。ボカロは、単にオタクのためのキャラクターというだけでなく、音楽業界にも影響を及ぼす存在となっている。そんなボカロの音楽的な側面について語った『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』(柴那典/太田出版)から、ボカロが音楽業界にもたらした影響を見てみよう。

 まずひとつめは、音楽の売り方。初音ミクが生まれた2007年には、コンピュータの普及で誰もが簡単にCDをコピーできるようになり、CDが売れなくなっていた。そのため、音楽産業はコピーを制限しようと必死になったが、CDの購入意欲を回復させることには繋がらなかったという。そんな状況のなかで、ボカロの楽曲はパッケージされたものを手に入れて評価するのではなく、ニコニコ動画でアップされた無料の曲に対し、ユーザーから評価してもらうという新たな方法を提示した。ユーザーは「もっと評価されるべき」「振り込めない詐欺」といったタグをつけて作り手であるボカロPに賛辞を表し、心を揺さぶられた曲への感謝から「作り手にお礼をしたい」「その曲をパッケージとして手に入れたい」と自発的に思うようになっていったのだ。その結果として、『THE VOC@LOiD M@STER』やコミケなどの同人イベントでは人気ボカロPのCDが瞬く間に完売するようになる。

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 また、著作権に関しても新たな影響を与えているという。ニコニコ動画や同人音楽業界では、JASRACに対して反感を持つ人が多かった。その理由は、2000年代の頭にJASRACがネット配信に対しても楽曲使用料を徴収し始め、楽曲を耳コピしてコンピュータに打ち込むMIDIファイルを掲載するサイトは閉鎖に追い込まれ、MIDI文化が衰退してしまったこと。だから、ボカロがカラオケ配信された当初、自分の曲をJASRACに信託して権利を管理してもらっていたボカロPはほとんどおらず、その曲がどんなに歌われても、ボカロPには一銭も印税収入が入っていない状況が続いていたという。しかし、2010年の夏、JASRACの常務理事やボカロPを交えた討論番組で、それまでの「全信託」ではなく、「部分信託」という考え方を広めることになるのだ。音楽に関わる著作権は、「演奏」「録音」「出版」「通信カラオケ」「インタラクティブ配信」といった複数の利用形態に分かれている。このなかの「演奏」と「カラオケ配信」だけを信託することで、ボカロPはそれまでと同じようにネットでの自由な楽曲使用を許諾しながらも、収入を得て「音楽の道で食っていく」方法を手に入れたのだ。

 さらに、そういった仕組みの面だけでなく、音楽そのものにも大きな影響を及ぼしている。たとえば、ボカロの楽曲では、『千本桜』や『カゲロウデイズ』など、その楽曲単体だけではなく、曲の背景にある世界観やストーリーを読み解きながら消費する「物語音楽」が人気を博している。また、ボカロは音楽の新しい潮流として「スピード感のあるメロディに沢山の言葉を詰め込んだ、情報量の多いサウンド」を生んだりもした。そもそも、ボカロは機械なのでフラットな声色をしており、歌い回しや歌声の表現力で魅了するものではない。そこで、何度聴いても「飽きない」「飽きさせない」ために、機械だからこそできる高速歌唱も取り入れながら、歌詞だけでなくアレンジや音色にも情報量を込めて進化したよう。そして、ヒャダイン=前山田健一のように、ニコニコ動画出身の作曲家がアイドルグループの楽曲を手掛けるようになったことで、ボカロ発の「高密度ポップ」のムーブメントはJポップにも波及した。ボカロは、「音そのもの」にまで影響を及ぼす存在になったのだ。

 2007年にはインターネットのコピーとダウンロードが「音楽を殺す」と言われていたが、ボカロはそれに反抗して制限するのではなく、インターネットと共存していくという新たな方向性を示した。ボカロは単なるブームではなく、新たな音楽文化の可能性を生み出した存在のようだ。

文=小里樹