「姫川玲子」シリーズ番外編が読める! 誉田哲也書き下ろし新作を無料公開

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2014/6/6


とある広場で“あの人”


今月の“あの人”は…「姫川玲子」シリーズ

姫川玲子(ひめかわれいこ)

『ストロベリーナイト』 誉田哲也 / 光文社文庫

水元公園近くの溜池の植え込みの中から見つかった男性の惨殺死体、青いビニールシートに包まれた全裸のそれには無数の切創がついていた。警視庁捜査一課所属の姫川玲子は、死体の状態などからこれが連続殺人であることを見抜く。そして、新たに発見された死体と謎のキーワード「ストロベリーナイト」─事件の背後には深い闇が広がっていた。警察小説に魅力的なヒロインを誕生させた姫川玲子シリーズ第一弾。登場時、捜一の警部補だった玲子はいくつかの事件を経て、所轄に異動になったが、最新作「お裾分け」(『宝石 ザ ミステリー3』所収)で本部への復帰を果たす。

番外編

落としの玲子【第一話】誉田哲也


写真=岡村隆広

 姫川玲子は、上司二人と小金井駅近くにある居酒屋にきていた。

 六人入れる個室に、今のところは三人。玲子の斜向かいに管理官の今泉、隣には係長の山内がいる。今泉が、半分になったタバコを灰皿に落とす。

「……まあ、他の係から引っ張ってくるか、所轄から引き上げるかは、もう少し考えてみる」

 今日の議題は、捜査一課殺人犯捜査十一係の、今後の人事についてだった。まもなく十一係から三名の捜査員が異動になるが、その穴埋めをどうするかという話だ。捜査適任者名簿、本部適任者名簿などから今泉がリストアップした数名に関し、山内と玲子が意見を求められた。しかし、今夜のところはこれといった落とし処を見出せなかった。見出せないというか、まったく議論にもならなかった。

 なぜか。係長の山内が「私からは特にありません」と、早々に話し合いから下りてしまったからだ。第一印象から「クールな人」だと思ってはいたが、しかしこの態度はどうだろう。これでは「クール」というより、単なる「無関心」だ。係から誰が抜けようが、その代わりに誰が入ってこようが、そんなことに興味はない、自分は自分の仕事をするだけ。玲子には、山内がそういっているようにしか聞こえなかった。

 逆に、玲子には要望が山ほどあった。石倉は最近、本部の現場鑑識に配属されたばかりなので除外するとしても、できることならその他の元姫川班メンバー、菊田、葉山、湯田の中から誰かは引っ張りたい。中でも可能性が高いのは葉山だ。彼は一つ昇任して巡査部長になった。すぐにでも本部に戻れる資格を有している。

 だがこれに関し、今泉は快く頷いてはくれなかった。「考えさせてくれ」と目を伏せるだけで、いいとも悪いともいわない。じゃあ菊田は、湯田はと迫っても、唸るだけで明言を避ける。だったら、なんのために自分を呼び出したのかと訊きたい。この程度の話なら、小金井署の中でもできたはずだ。

 ウーロン茶を半分残して、山内が腰を浮かせる。

「じゃあ、私はこれで。原宿に回らないといけませんので」

 原宿署の特捜には、殺人犯十一係のもう一つの班が入っている。犯人は逮捕、起訴され、事件そのものは解決しているが、まだ追捜査が残っている段階だと聞いている。山内はその進捗状況を確認しておきたいのだろう。

 今泉が小さく頷く。

「……よろしく頼みます」

 玲子も倣って頭を下げ、すぐに掘座卓から脚を抜いた。上司が先に帰るのだから、店の出入り口くらいまでは送ろうと思ったのだ。

 だが山内は、瞬時にそれを手で制した。

「姫川主任、私に気は遣わなくていいです。私も、君に気は遣いませんから」

 あまりこういう言われ方をしたことがないので、瞬時には上手い反応ができなかった。でもなんとか、胸の内に湧いた不愉快をそのまま顔に出すことだけは堪えた。

「そう、ですか……では、こちらで失礼させていただきます」

 そういって再度頭を下げた玲子の横を、山内はタイミングよくすり抜け、

「では管理官、お先に」

「はい、お疲れさま」

 襖を開け、さっさと個室から出ていった。

 なんとなく悔しかったのでそのまま頭を下げていると、なんだろう、掘座卓の低くなった部分、ちょうど今泉が足を下ろしている辺りに、何か落ちているのが目に入った。白い紙のようなものだ。一辺が十センチ強、もう一辺はそれよりも短い長方形。ちょうど写真用紙のL判くらいだろうか。

「どうした、姫川」

「あ……いえ」

 玲子は体を起こし、その場に座り直した。山内がいなくなり、今泉と二人になった個室は、玲子にとってはだいぶ過ごしやすい空間になっていた。

「山内係長……なかなか、個性的な方ですね」

「んん、優秀な人なんだがな。どうも、仲間意識みたいなのは、あまり持ち合わせない性格らしい」

 今泉は玲子のちょうど二十歳上だから、今年五十三歳。対して山内は、階級では今泉の一つ下になるけれども、年は少し上の五十六歳。警察ではわりとありがちな、階級と年齢の逆転現象だ。でもそれをいったら、玲子なんてほとんどがそうだ。かつての菊田も石倉も、今の係の日野も中松も、みんな玲子より年上の部下だ。いちいち気になんてしていられない。

 ふいに今泉が、大儀そうに腰を上げる。

「……ちょっと、失敬する」

トイレだろう。今泉は隣との間仕切りに手をつきながら、並んだ座布団の上を渡っていく。その足取りが妙に重そうに見えるのは気のせいか。

「お手洗いでしたら、右の突き当たりです」

「そうか」

 襖を開け、廊下の右奥に目をやり、今泉は納得顔で個室を出ていった。そういえば顔も、いつもよりだいぶ赤かった。まだ生ビールをジョッキ一杯しか飲んでいないのに、もう酔ったのだろうか。今泉は、そんなに酒に弱かっただろうか。

 それはそれとして。

「んっ……よいしょ」

 玲子は掘座卓の下にもぐり、さっき見かけた紙片を拾ってみた。

 裏返すと案の定、それは一枚の、色褪せた写真だった。

※リンク先のJT「ちょっと一服ひろば」は、満20歳以上のばこを吸う方に向けたウェブサイトです。作品の他、たばこに関する情報が掲載されています。


ほんだ・てつや●1969年、東京都生まれ。2002年『妖の華』でムー伝奇ノベル大賞優秀賞、03年『アクセス』でホラーサスペンス大賞特別賞を受賞。「姫川玲子」シリーズ、「ジウ」シリーズ等の警察小説をメインに「武士道」シリーズ、「柏木夏美」シリーズ等の青春小説などで幅広い作風で人気を博す。近著に『増山超能力師事務所』『ケモノの城』など。