HMの聖地・イギリスでも人気の高まるBABYMETAL その功績を歴史の1ページから読み解く

音楽

2014/6/6

 アイドルとメタルの融合をうたう「BABYMETAL(以下、ベビメタ)」。日本国内でも注目度が高まる中、2014年7月からはじまるワールドツアーにて、現時点では、ヨーロッパやカナダへの遠征が予定されている。特に、7月7日に予定されているロンドンのザ・フォーラムでの公演は、チケット発売と共に即日完売。直前の5日には、ネブワースで開催される世界最大規模と称されるロックフェス「SONISPHERE Festival UK」にて、招待枠としてメインステージへの出演も予定されるなど、国内のみならず、ヘヴィ・メタル(以下、HM)の聖地といわれるイギリスでも、期待が高まっている。

 そこで、ベビメタがHMをテーマにイギリスへ渡る功績を裏付けるひとつの根拠として、ある1冊の書籍を取り上げたい。日本のHM界を支えてきたひとり、セーソク先生こと伊藤政則の著書『目撃証言 ヘヴィ・メタルの肖像』(学研パブリッシング)である。日本初のHM専門誌『BURRN!』(シンコーミュージック)の特別顧問を務めるほか、“Masa-Ito”として、オジー・オズボーンやガンズ・アンド・ローゼス、メタリカなどとも親交の深い伊藤が、自らの記憶を頼りに、1980年代前後のHMシーンを貴重な資料や写真を交えながら詳細に綴った内容だ。その中から、今夏、ベビメタが渡るイギリスの歴史を綴ったエピソードを紹介していく。

 伊藤が振り返るのは、1979年にイギリスのロック・シーンで身をもって体感した衝撃だ。伊藤がイギリスへ渡った前年、1978年の日本ではハードロック旋風が吹き荒れていた。スコーピオンズやヴァン・ヘイレンなどが続々と来日する中、伊藤は内心「ロック・シーンの重々しい空気」を感じていたという。みずから「シーンが死に絶え、不毛の状態になっているのか」と不安を抱えながら、仕事の繋がりからイギリスへ渡ることになった。

 そして、渡英から数日後の1979年8月20日。伊藤は、いまだHM界の生ける伝説として活躍するあるバンドを目撃することになった。アイアン・メイデンである。当時、そのパフォーマンスを目の当たりにした伊藤は、「このバンドのすべてを知りたい、日本に戻ってこのバンドの存在を広く知らしめなければならない」という衝動に駆られたと語る。また、その背景では「ジュラシック・ロックと揶揄されるプログレッシブ・ロック」への閉塞感を打ち破るべく、「ニュー・ウェイブ・オブ・ブリティッシュ・ヘヴィ・メタル(以下、NWOBHM)」への期待が時代を席巻していた。

 伊藤は帰国後、NWOBHMという潮流を伝えるべく、ラジオ番組の構成や演出を手がける知人にアイアン・メイデンの自主制作音源を紹介。デフ・レパードの楽曲と共に日本初のオンエアを実現させるやいなや、リスナーからも多くの反響が寄せられることになった。

 当時のエピソードは、日本のHM界にも多大なる影響を残した。そして、伊藤がアイアン・メイデンを通してNWOBHMという潮流を目撃したイギリスは、世界のロックシーンの歴史を塗り替えた場所でもある。そして今、HMをていねいに踏襲した日本発の異色アイドルユニットが、イギリスへ降り立ち、世界の音楽シーンへ新たな歴史を刻もうとしている。キツネ様をあしらった「和」の要素と愛らしさを持ちつつ、楽曲や演出などのあらゆる側面で、HMの伝統や様式美を受け継ぐベビメタがどのようなパフォーマンスをみせるのか。本書の言葉を借りるならば、「ニュー・ウェイブ・オブ・ジャパニーズ・ヘヴィ・メタル(NWOJHM)」の潮流となれるのか、注目である。

文=カネコシュウヘイ