【米国人が研究】体を縛って心を解放! 世界に誇る日本のアート「緊縛」の歴史

社会

2014/6/10

 「Kawaii」「Otaku」「Karaoke」「Kaizen」など世界で通用する日本語は色々あるが、意外なところでは「Kinbaku」「Shibari」という言葉も通じるのだそうだ。日本語で書くと「緊縛」と「縛り」。どんなに知らない人でも「亀甲縛り」くらいは聞いたことがあるであろう、縄を使って相手を縛る技のことだ。その魅力の虜となったアメリカ人が、緊縛について丹念に研究したのが『緊縛の文化史』(マスター“K”:著 山本規雄:訳/すいれん舎)だ。著者のマスター“K”氏(アメリカ在住でエンタテインメント産業に従事)は1970年代に日本へ留学した際、緊縛に興味を持って独自に研究を開始、現在では西洋での緊縛実践者・教師の第一人者として活躍、緊縛に関する本も出版している。

 相手を縛るということは乱暴で痛いこと、ポルノだと思う人もいるだろう。マスター“K”氏も、1970年代の終わり頃にアメリカでボンデージを用いたアダルト雑誌が数多く創刊されたことで「おおかたの西洋人にとって緊縛は何よりもまず“アダルト・エンタテイメント”を連想させるものになってしまった」と語っているが、現代の日本も同じような状況にあるのではないだろうか。しかしマスター“K”氏は「緊縛とは、安全で官能的でドラマティックでエロティックな拘束(ボンデージ)のテクニックであり、日本で芸術(アート)の域にまで高められたもののこと」で、緊縛の歴史は日本の歴史と文化の反映であると語る。

 「結ぶ」という行為は日本人とは切っても切れない縁のあるものだそうだ。日本人は縄文時代から土器に縄目の紋様を入れており(ちなみに縄文式土器は世界最古の土器と言われる)、冠婚葬祭に用いられる水引や、聖なる領域を示す注連縄、もともとは神事である相撲で使われる回しなど、神道や仏教などにも「結ぶ」という行為が取り入れられている。さらには性戯を集めた「四十八手」にも「理非知らず」「首引き恋慕」「流鏑馬」「達磨返し」という縄や紐を使う体位が4つもあるのだ(どんな体位か興味のある人は検索を!)。

 また実際に人間を縛る「捕縄術」の独自の発展も興味深い。罪人などが逃げないように縛ることが目的だが、武芸である捕縄術の「本縄の定法」によると「縄ぬけ出来ぬこと」「縄の掛け方が見破られないこと」「長時間縛っておいても、神経血管を傷めぬこと」という本来の目的以外に「見た目に美しいこと」とあり、ただ単に縛るだけではなく、そこに美意識があることが窺える。また階級によっても縛り方が違っていたそうだ。「縄付き」になることは日本人の中で最も恥ずべきもののひとつ(縄目の恥)であり、神に背くことが許されない西洋と違い、日本では個々人が集団との関係において名誉を保つことが最優先されてきた「恥」の文化であることがわかる。緊縛の技術や文化は300年近い江戸時代の鎖国によって独自に発展、現代へと続く源流は武芸、司法制度、浮世絵、歌舞伎などにあり、さらにその系譜は写真やカストリ雑誌、日活ロマンポルノ、アダルトビデオなどへつながっていくのだが、マスター“K”氏の調査によると「緊縛」という言葉が印刷物で使われたのは、1952年に発行された雑誌『奇譚クラブ』が初めてなのだそうだ。

 「緊縛はアートなのか」「緊縛の美とは何か」という2つの問いに答えることを目指しているという本書は、緊縛の歴史を辿った後、SM小説家の団鬼六氏や映画女優の谷ナオミ氏、伝説の縛師ら緊縛の歴史上重要な26名の功績を記し、用語集や緊縛を実践するためのページがある(しかし実践には危険が伴うので、ぜひ本書で確認を)。相手の体調などを気遣い、体の自由を奪いながらも、心を解き放つことを目指しているという緊縛が単なるエロやポルノにとどまらないことは、本書を一読すれば明白であり、西洋と日本の文化がまったく違う成り立ちをしていることがわかるだろう。そしてもともと英語で執筆されている本書は、独自の発展を遂げた日本文化を西洋人が理解できるよう丁寧に解説しているので、詳しい知識がない日本人も非常に読みやすい内容となっている。深遠なる美とエロティシズムを有する「緊縛」を知ることは、日本人の気質や美意識を理解する一助となることだろう。

文=成田全(ナリタタモツ)