ボスニア代表を救ったオシムの言葉は日本代表を救う? コロンビア戦勝利のために日本がすべきこと

スポーツ

2014/6/24

 運命のキックオフが迫っている。グループリーグ突破に黄信号の日本代表に、日本中が祈りを胸にコロンビア戦を待っている。

 限りなくゼロに近い突破の可能性にヤキモキし、ネットやテレビのニュースを見てしまう。「こうすれば勝てる」「コロンビアに弱点アリ」などの情報をいくら見ても、まだソワソワする。そんなあなたに、元日本代表監督イビチャ・オシム氏の言葉を、著書『信じよ! 日本が世界一になるために必要なこと』(KADOKAWA 角川書店)から、届けよう。

 万が一だが、知らない人のために紹介すると─

 オシム氏は2006年に日本代表の監督に就任し、「サッカーの日本化」を推し進め、今の日本代表の基礎を作った。残念ながら07年に病で倒れ、退任することとなったが、その後も日本のみならず、世界のサッカー界と関わり続けている。

 ブラジルW杯唯一の初出場国にして、オシム氏の母国、ボスニア・ヘルツェゴビナ代表の危機を救ったのもオシム氏だ。

 2011年4月、ボスニアサッカー協会は、FIFA(国際サッカー連盟)とUEFA(欧州サッカー連盟)から、あらゆる国際大会への出場資格を剥奪された。ムスリム、クロアチア、セルビアの3つの民族から成るボスニアのサッカー協会は、各民族の代表が輪番制で会長を努めていた。実質3人の会長が存在する上に、スポーツが最も嫌う「政治」が絡み入り、協会は腐敗していた。「一国家一会長」の原則を守るFIFAとUEFAが制裁を加えたのだ。

 ボスニアはサッカーを失う危機に面した。オシム氏に声がかかる。3つの民族をまとめ、協会のルールを正し、再び国際舞台に復帰できるよう働きかける「正常化委員会」の責任者となって欲しいと。

 日常生活を送れるまでに回復したものの、決して万全ではない体調をおして、オシム氏はボスニアにサッカーを蘇らせるために立ち上がった。

 旧ユーゴスラビア代表を90年のイタリアW杯でベスト8に導きながら、92年の欧州選手権の直前、民族対立に起因する「脅迫」を受けて涙ながらに代表監督を退任したオシム氏に、サッカーを取り戻す仕事をさせなくてはならないという、民族主義の愚。

 だが、オシム氏はその任を受け、かつて指導したボスニア出身の選手らに声を掛け、ボスニアサッカー協会の再生に尽力したのだ。

 果たして、ムスリム人もクロアチア人もセルビア人も、母国のサッカーのために手を取り合い、ボスニアにサッカーは蘇った。

 残念ながら、ボスニア代表はグループリーグ敗退となってしまったが、内戦から復興し、世界の舞台に立ち、果敢に戦う選手たちの姿は感動的だった。ボスニアの人々の胸には、オシム氏の熱い思いが伝わっていたに違いない。

 そんなオシム氏が同じく心を注いだ日本代表は崖っぷちにいる。だが、オシム氏は日本代表サッカーチームだけではなく、日本という国そのものを「信じて」いる。

 2011年の東日本大震災から立ち上がったる日本の姿を、かつて内紛で絶望の底に落ちながら蘇った母国ボスニアに重ねて。

 オシム氏はコロンビア代表を「技術も走力もファイティングスピリッツもある」と評し、「ブラジルと戦うつもりで対策」を取るべきだと言う。だが、その一方で恐れることはないと背中を押す。

 大会前に書かれた本書だが、奇しくもコロンビア戦の項で「日本は失うものはなにもない」「プレッシャーを感じず自分たちのプレースタイルを通せばいい」「日本にはコロンビアと互角に渡り合う力がある」とオシム氏は語っている。

 日本の弱点のひとつであり、その出来不出来が結果を左右するとオシム氏が指摘したGK川島は、過去2試合でスーパーセーブを見せた。問題はクリアだ。

 危険視していたプレイヤー・ファルカオは欠場。しかも、コロンビアは既にグループリーグ突破を決め、最終戦は主力を温存してくる可能性がある。そうなれば連携ミスなどが起こりやすくなり、日本のチャンスは生まれる。問題はクリアしやすくなった!

 あとは、選手が再三口にする日本らしい攻撃サッカーを実現するのみ。原点を思い出そう。

「鉄のディシプリン(統制)を持って、勤勉に走り、積極的にコレクティブ(集団的)にプレーをして、正確なパスと俊敏さを見せつければいい」とオシム氏は、日本代表を信じている。

 ならば、我々もともに信じ、戦おう。そして、地球の裏側で戦う選手たちにエールを送ろう。

 自分たちを「信じよ!」と。

 

文=水陶マコト