ドーナツを穴だけ残して食べる方法はあるのか? 【学者たちが真剣に解答】

科学

更新日:2019/9/19

『ドーナツを穴だけ残して食べる方法 越境する学問 穴からのぞく大学講義』(大阪大学ショセキカプロジェクト:編/大阪大学出版会)

 ドーナツを穴だけ残して食べる方法はあるか。大人の私たちは、疑いもなくそんなの不可能だと思ってしまう。

 この命題をどこかで目にしたという人もいるだろう。かつてネットで取り上げられたこのネタには、次のような書き込みがされている。

統計派:「100万回食べれば1回くらい穴だけ残っているかもしれない」
芸術派:「私が存在しない穴を写実することでなんとかできないだろうか?」
言語派:「問いかけが漠然としていて厳密な対策が不可能」
報道派:「まずはドーナツに穴が空いているか世論調査すべき」…

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 となかなか秀逸で答えを導き出す前に納得してしまいそうだ。

 そんな「どうしたらドーナツを穴だけ残して食べられるか」という難題に真剣に向き合ったのが『ドーナツを穴だけ残して食べる方法 越境する学問 穴からのぞく大学講義』(大阪大学ショセキカプロジェクト:編/大阪大学出版会)だ。本書は、大阪大学の12の分野の教授たちが、「ドーナツ」を学問的に眺め、答えを出すというユニークな挑戦を伝えるもの。企画から刊行まで、大阪大学の学生達がプロジェクトとしてすべて行っているのも興味深い。

 ここで本書から3つの学問における「ドーナツを穴だけ残して食べる方法」を紹介しよう。

【工学】「ドーナツを削る」(工学研究科環境・エネルギー工学専攻・高田孝准教授)

 ドーナツ成分を残したまま穴を残すという方法のほかに、単に「ドーナツの穴を保存する」という方法が考えられる。なるべく薄くドーナツの穴の型を取るため、工学で広く使われている“コーティング膜生成”を使う。ドーナツの表面をコーティングした後、ドーナツ本体を取り除くというもの。

 さらにコーティング膜生成において代表的な“真空蒸着”という方法をとれば、ある程度食べた(工学的には削った)ドーナツと、たとえば白金を真空容器の中に入れ、スパッタリング(※1)を行い、有機溶剤などでドーナツ成分を溶かすと厚さ数十nm(ナノメートル)程度の皮膜だけ取り残されることになる…。

(※1)イオン化させたガスを材料に衝突させることで気化させる方法。虹色に光るスキーやスノボ用のゴーグルもこの方法で作られている

【美学】「ドーナツ=家!?」(文学研究科・田中均准教授)

 「美学」という学問で重要なこと。それは、何について研究するかより対象のどのような点に注目して、いかに考えるかということ。田中氏は、「ドーナツを食べるとドーナツの穴が無くなる、という前提自体を疑ってかかる必要がある」という論点から展開していく。最終的には、「ドーナツは家である」という結論におちつくのだが、はたしてどういうことなのか?

 たとえば、今あなたがクリスピー・クリーム・ドーナツのドーナツを食べるとする。すると、前食べたときより美味しい~なんて思ったとする。それは、今食べたドーナツが懸け橋となって、かつて食べたことのあるドーナツとそのドーナツの穴が記憶として甦ってくるということ。

 そして、素朴で慣れ親しまれやすいドーナツのようなお菓子は、子どもの頃に親やまわりの人々から愛情をもらった記憶と結びつきやすい。お菓子にまつわる愛情の記憶は、愛情によって保護された場所つまりは「家」の記憶と結びつきやすい。よって人は本来ドーナツがないところにもドーナツを見出すことができる。食べられたドーナツの穴は、消えてなくなるどころか、本来ドーナツがなかったところにもどんどん増殖していくというのだ。

【数学】「4次元空間を使う」(理学研究科数学専攻・宮地秀樹准教授)

 わたしたちが住んでいるのは、「3次元」の世界。どこかの点(基点)を固定したとき、「前後」「左右」「上下」の3つの方向で位置がきまる。人は3次元空間の中にドーナツが存在していると考えるので、自然とドーナツには穴があると思える。だが、「4次元空間」でドーナツを食べたらどうなるだろうか?

 わたしたちが、「穴」をきちんと認識するには、穴に指を通して輪を作り、指とドーナツが離れないようにする必要がある。その仕草を「ドーナツの穴」と定義する。これをひとりの友人が認識するとする(友人は常人なので4次元空間は理解できない)。そのあいだに、あなたが4次元空間でドーナツをこっそり食べる。すると…友人がドーナツの穴を認識したまま、あなたはドーナツを食べることに成功したことになる!

 狐につままれたようで、インチキくさいと思う人もいるかもしれない。だが、これが論理的思考の範囲=何でもありで自由という数学の世界なのだ。
だいぶ省略してしまったので、詳しくは図解つきの本書でたしかめてほしい。

 「ドーナツ」を学問的に? しかも頭のかたそうな教授たちが? なんだかコムズカシそうと思うかもしれない。そこは、学生が教授たちの原稿を何度もダメ出しし、極力わかりやすいコトバで説明している。さらに章の合間には、「世界のドーナツコラム」が挟まれていて、各国のドーナツうんちくを楽しむことができる。

 ドーナツ片手にぜひ読んでみてほしい本書は、「ドーナツの穴」ひとつでこんなにも世界が広がるのかと驚くとともに、忘れかけていた純粋に学問と向き合うおもしろさに気づかされるはずだ。

 さて、あなたならこの難題にどう答えるだろうか?

文=中川寛子