作家・樋口直哉がジェイン・オースティン時代のカレーを再現!

食・料理

2014/6/28

 作家でありながら、フランス料理のシェフとしても活躍中の樋口直哉さん。『ダ・ヴィンチ』7月号の巻頭で組まれている「本vs.カレー」特集では、本好きのダ・ヴィンチ読者に向けて樋口さんにオリジナルカレーを注文したところ、実に趣向に富んだユニークなカレーランチを用意してくれた。そのオリジナルレシピは同誌に掲載されているが、ここでは裏話とレシピにこめられた想いと物語を紹介する。

 スパイスで作るインド系カレーでは、一般的に香りづけのクミン、旨味のコリアンダー、色づけのターメリック、辛味のレッドペッパーの4種が基本とされているから、樋口直哉さんが披露してくれたカレーは奇想天外である。

「カレー粉がイギリスで誕生したのは産業革命以降。それ以前のレシピが収載されている『ジェイン・オースティン料理読本』のカレーは、現代のカレーが成立する前の味なんです。だから、これを食べると、スパイスの役割がよくわかりますし、今のカレーで用いられているトマトやヨーグルトの偉大さに気づかされるはずです(笑)」

 樋口さんは昔の料理本を多数コレクションしている。まるで著書『スープの国のお姫様』に出てくる美少女・千和のように、膨大な蔵書に囲まれて暮らしているのだ。というのも、樋口さんが料理に目覚めたきっかけが中学時代に出会ったジョエル・ロブションのレシピブック。実際に作ってみた“サーモンのグリル赤ワインバターソース”の衝撃的なおいしさ以来、料理本が先生となり、やがて調理科学に目覚め、導かれるようにして体系化されているフランス料理の道に進んだという経緯をもつ。

「とくに昔の料理本は、行間から見えてくる物語が好きなんです。マーサ・ロイド夫人はおもてなし料理には匂いのあるニンニクは使わないのに、カレーにだけは使っています。それは味づくりに必須というだけではなく、オースティンと一緒にカレーを食べた人が彼女にとって身近でくだけた間柄だった証拠です。マーサ夫人の愛情の深さもうかがえ、料理は昔も今も誰かのために作るものなんだということがわかります」

 今回のオリジナルカレーは料理人の樋口シェフが読書家のために作ったもの。よりおいしく食べてもらえるよう、鶏肉はゆでずに焼いてから煮込み、米粉は小麦粉に変え、生のしょうがのすりおろし、こしょうも加えた。マーサ夫人のカレーよりもキレのあるメリハリがきいた味わいになっている。

「カレーはインドから発したものですが、カレー粉を発明したイギリス料理でもあり、その影響を受けた日本にも独自のカレーがあります。グローバル化の象徴のような料理です。人間は糖質と脂質とアミノ酸が揃ったものをおいしいと思うのですが、カレーはその典型。だからこそ世界を席巻できた。古今東西に通じる普遍の味なんです」

 “永遠不滅な恋愛感情”を描いたジェイン・オースティンの著作もまた、今なお映画や少女マンガなどに影響を与えていて“普遍”と評される。普遍の魅力とは何なのだろうか。

「プリミティブなレシピには感動があります。普遍的なものには時間の経過に耐える力強さがあるんですね。原点の味を知ることで初めてカレーアイスのような新しいレシピを作ることができるんです」

取材・文=斉藤由利子/ダ・ヴィンチ7月号「禁断の最終決戦!本VS.カレー特集」