「しゃべくり」で名倉も絶賛! 大人がハマる手塚マンガ『きりひと讃歌』の魅力とは?

マンガ・アニメ

2014/7/12

 5月に放送された『しゃべくり007』(日テレ系列)で、ネプチューンの名倉潤がアニメ大好きだというゲスト・上川隆也にオススメしていた手塚治虫の『きりひと讃歌』(小学館)。この作品は、「モンモウ病」という謎の病を中心に繰り広げられていく。このモンモウ病に冒されると、突然体のあちこちが麻痺して骨は変形し、立って歩くこともできない犬のような姿になってしまうのだ。主人公でM大医学部付属病院の内科医・小山内桐人は、その原因を探るうちに自分もモンモウ病に冒され、過酷な生活を強いられることになる。なかには、その後味の悪さや過激な描写から「失敗作だ」という人もいるようだが、多くの人が傑作としてあげており、名倉も「初めて漫画から映像が飛び出すような感覚を覚えた!」と大絶賛していた。そんな、『きりひと讃歌』の大人がハマるポイントとは、どういったところにあるのだろう。

 まずひとつは、医療マンガとしての楽しみ方ができること。もうひとつの『ブラック・ジャック』(秋田書店)とも呼ばれるこの作品は、医局内の権力争いや封建的な制度にもスポットを当てているので、ファンタジー色の強い『ブラック・ジャック』よりもリアリティーがある。小山内の上司で、第一内科医長を務める竜ケ浦教授は、権力志向が強く、目的達成のためには手段を選ばない人だった。だから、日本医師会の会長になるため、自分の考えに逆らう小山内をモンモウ病患者が出た犬神沢に行かせ、そこに閉じ込めて医局から抹消しようとする。また、小山内とは小学校からの友人で、同じ医者として竜ケ浦を師事する占部は、恩師を裏切ることはできないが、小山内のことも放っておけないと思う。しかし、医者としての立場や愛する人のことなど、さまざまなことで葛藤し、ついには精神に異常をきたして倒れてしまうのだ。医療ドラマが人気を獲得していることからもわかるように、医局をめぐる権力争いやそれにまつわる人間関係なども描かれているこの作品は、読むものを惹きつけるのだろう。

 また、作中に登場する女性キャラが魅力的であることも大きなポイントだろう。小山内は、モンモウ病の原因を探るために向かった犬神沢である女性と結婚する。それが、たづだ。彼女は、小山内がどんな姿になっても献身的に尽くし、「だってあんたはあんただもん犬の顔になったってあんただよ」と優しく微笑んでくれるような女性だった。また、小山内が台湾で売られた先では、幼い頃から体に衣をつけて熱した油の中に投入する「人間天ぷら」という芸を仕込まれて育った麗花という女性に出会う。その屋敷から逃げ出したあとも小山内と行動をともにする彼女だったが、自分と小山内の食べ物を買えるだけのお金を稼ぐために、人間天ぷらの芸を披露したり、自分を見失い、ヤケを起こす小山内をなだめたりしながら支えてくれる。いろんな土地に飛ばされる小山内だが、彼はその土地土地で素敵な女性たちに助けられるのだ。

 この作品でもっとも大きなテーマになっているのは、人間の尊厳についてだろう。小山内は、台湾で金持ちの道楽としてショーで見世物にされるのだが、そのときには催淫剤を打った牝犬と交尾させられそうになる。台湾の原住民である高砂族に捕まったときは、全裸で縛られ、街中を牛に引きずられたり、檻に入れられ、棒で殴られたりもした。はじめは、「おれは見世物じゃない!」「おれは人間だ!!」「おれは犬じゃない!!」と叫んでいた小山内。しかし、医者として患者を救ってもその見た目のせいで信用してもらえず、患者を死なせてしまったことで、次第に自分で自分のことを犬と言い出し、「野獣さ犬さ」とヤケになっていく。ほかにも、同じモンモウ病患者で、修道女だった白人のヘレンという女性が登場する。彼女は、こんな顔では神に仕えることができないと嘆き、白人の医者に殺されかけ、なんとか一命を取り留めたときも「私は死ななければならなかったのです」と涙を流す。それでも、自分を必要としてくれる存在と出会うことで、自らのアイデンティティや尊厳を取り戻していく。モンモウ病患者以外にも、さまざまなキャラの人生を通して人間の尊厳について語られるこの本。その深みを理解し、改めて考えるには、大人になってからの方がいいのだろう。

 一度でもこの作品を読んだ人は、後味が悪いとか暗い話に辟易したという人でも、なぜかもう一度読み返してしまうそうだ。読んだときの年齢によっても受け取り方が変わり、さまざまな解釈ができるからこそ、大人になって読むと改めてその魅力を感じられるのかもしれない。

文=小里樹