台本は座長の頭の中! 観客が演者に肉まんを渡す! 大衆演劇の舞台裏に隠された仰天&感動エピソード

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更新日:2014/7/19

 「流し目王子」こと、早乙女太一さんのブレイクもあって、昨年あたりから関西を中心にジワジワとブームが起きているという大衆演劇。そのルーツは江戸時代よりも前に遡ることができるそうで、長く庶民に愛されてきた娯楽だ。

 「下町の玉三郎」こと梅沢富美男さんの名前は、大衆演劇を見たことがないあなたも、知っているのではないだろうか?

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 専門誌『演劇グラフ』によれば、「大衆演劇」とは…
・劇場またはセンター(=劇場以外の公演場所で、健康ランドや温泉ホテルなどの施設のこと)で、観客にわかりやすく楽しめる内容の芝居を演じること。
・観客と演者の距離が近く、一体感があること。
・安い料金(歌舞伎や通常の商業演劇と比べ)で、観劇できること。

 「大衆」という割に意外と縁遠い大衆演劇の世界に飛び込んだ女性がいる。『わたしの舞台は舞台裏~大衆演劇裏方日記』(KADOKAWA メディアファクトリー)の作者・木丸みさき氏だ。

 6年前、たまたま大衆演劇を観劇した20代半ばの木丸氏は「初めて観る大衆演劇は楽しくて、キレイで、ちょっと泣けて、舞台が近くてめちゃくちゃ迫力があった」と大感激! 大衆演劇の世界に飛び込んだ。紆余曲折あって、大阪の芝居小屋「すずめ座」の裏方─トーリョーとなったのは3年前。

 以来、客席数100の小さな劇場・すずめ座の舞台裏をひとりで切り盛りしている。

 大衆演劇は「旅役者」と呼ばれる劇団が、全国で30箇所ほどの芝居小屋、各地にあるセンターなどで巡業を行う。劇団は1カ月ごとに入れ替わる。

 各劇団はどこも100以上の外題(演目)のレパートリーを持っていて、毎日違う芝居を打つというのだから驚く。

 しかも、一般の演劇のように台本があって、稽古を重ね、作り上げていくスタイルではない。台本は「座長の頭の中」だけにある! 新作の稽古は、その日の公演の後、座長が身振り手振りで指示を出し、その場で座員たちが段取りやセリフを覚えていく。「口立(くちだて)」という昔ながらのスタイルで、驚くべきスピードですべてが進む。

 ゆえに、大衆演劇の役者さんたちはセリフを覚えるのが早く、記憶力に長けている。座長クラスになると「芝居なら1回、映画なら2回観ればセリフ全部覚えちゃうよ」という超人もいるとか。

 リハーサルという概念がない大衆演劇は、毎日が「ぶっつけ本番」。座長とトーリョーの打合せも、1時間の芝居に対して、ほんの数分。信じられないことに、「トーリョーはあらすじも配役も知らないまま舞台の準備」をし、本番に挑むというのだ。

 もちろん、ハプニングは日常茶飯事だ。

 芝居の本番の最中に、座長が若手に「ヘタだねえ、今のセリフもう1回」とダメ出ししたり。観客のおばちゃんたちが「暑いわ。座長、クーラーつけて」と舞台に向かって声かけたり。

 時には、物語の中で「俺、今ハラ減ってんの」とセリフを口にした役者さんに対し、客席のおばちゃんが「肉まんあげるわ」と差し出してしまったりもする。

 そんなハプニングすらも芝居に取り込み、お客さんを笑いと涙に誘う大衆演劇は、舞台と客席の間にある距離だけではなく、心の距離も近い。それが庶民の娯楽として長い間続いてきた魅力なのだろう。

 そんな日々を生きる木丸氏の前に「怖い座長」が現れる。劇団花山の花山剣座長だ。

 酔った客に絡まれて大ゲンカしたり、劇場の支配人とモメたり、「よく怒鳴る人」だと、木丸氏は印象を持っていて、1カ月間が憂鬱で、極力接点を減らそうと思っていた。

 だが、花山座長は毎日、昼ご飯を一緒に食べることを木丸氏に命じ、弁当も用意した。

 怖くて味のしない昼ご飯。繊細な演技を持ち味とする座長の芝居を壊さぬよう、幕引きや舞台転換は緊張の連続だった。

 そして、ある日の芝居での舞台転換の途中、装置を移動している木丸氏に、座長が声をかけた。

「おう、それ重いんか?」「え? あ、まぁ…」

 木丸氏は、転換が遅いから怒られているのかと感じた─が。その日の芝居の後、休憩前の口上のあいさつで、花山座長はお客さんに語りかけた。裏方を大事にできない奴はいい役者になれないと思っている。このすずめ座の裏方は、女の子がひとりで、小さな体で頑張ってくれている。だから、自分も安心して仕事ができる。

「どんな仕事でもね、誰も見てないところでがんばってる裏方がいる。それを皆さん覚えといてください」

 大阪にある大衆演劇専用の芝居小屋・すずめ座で、トーリョー・木丸みさき氏が触れた、大衆演劇の世界。そこには、表舞台のお芝居も、舞台裏も、汗と笑いと涙の人情話があふれている。

文=水陶マコト