そうだよね、やっぱり目が笑ってないよね… ―薄々気づいてた(?)いい人がやっぱり「怖い」理由

人間関係

2014/7/21

いつ頃からだろう。「いい人」のコミュニティにいると、疲れると気づいたのは。

・幼稚園で同じ組のお父さんが亡くなった。周囲は泣いているけど、死について想像力が働かず、涙が出ない。キョロキョロとしていたら「なんで悲しくないの? ふざけるのはやめなさい!」と悲しめないことを先生に叱られた。
・「浮かない顔をしているけど、何かあった? よかったら話を聞くよ」と声をかけてくれた友人に親への不満を愚痴っていると、「大変ね。でも、みんな何かしら我慢しているんだから、あなたもがんばらなきゃ。親の悪口を言っちゃいけない」と正論で返された。
・正義感が強いネット読者。世の中の悪を憎み、即座に成敗したがるわりには、「死ね」「消えろ」「糞記事乙」と自分が悪い日本語を使うことには無頓着。

 ……ああ、「いい人」って本当ゲンナリ。

 皆が薄々気づいていたけど、なんとなく口にすることを憚れていた“いい人疲れ”について詳しく書かれてある本が、精神科医の和田秀樹氏の著書『いい人は本当は怖い人 「いい人」が他人の心を追い詰める』(新講社)だ。

 同書によれば、いい人は、反論しにくい正論を並べては押し切ってしまう強さがあるそう。ここで言う正論とは、多数意見であり、すでに世の中にあるルールや常識のこと。それらに「乗って従い」「事なかれ主義」を貫いていれば、敵をつくらずに淡々と過ごせるため、実はいい人ほど退屈している。一見、和気藹々として見える「いい人の集団」ほど、不満や本音をさらけ出せず、実は息苦しさを感じている人が多いという。それゆえ、「いい人の集団」に属する人たちは「嫌われ者=スケープゴート」をつくることで自分たちの安全を守ろうする傾向が強く、「規則や常識を無視する人間がいればたちまち勢いづきます」と同氏は指摘。「“さあ、わたしたちの出番だ”とばかりにその人間をバッシングします。こういうときのいい人はほんとうにイキイキとしています。裏を返せば、それだけいつも退屈しているということなのです」。

 確かに、自分が満たされている母親は、子どもを「あなたのため」という言葉で束縛しないし、恋人や家族とよい関係が築けている人は、ネットにわざわざ「糞記事乙」などと糞コメントを残すことなく、「今日、くだらない記事を読んでさぁ」と周囲の人たちにこぼして終わることだろう。それができないのは、自分がいい人ぶって、グチのひとつもこぼせない、表面的ないい人コミュニティの中で息苦しく生きている証拠とも言える。

 「いい人から受けてしまうプレッシャーや押しつけがましい価値観で苦しんでいる人は多く、だからこそいい人なんて目指さなくていい」と和田氏。いい人の束縛から逃れるには、感覚的なこと、直感的なことでもいいから、「わたしはこうしたい」「こっちのほうが好き」と思うことを優先させるとよいそうだ。なるほど、和田氏のいうように「わがままだけど愛される人」になれたら最強である。

 ところで、あなたは「いい人」ですか?

文=山葵夕子