短くて面白くてしっかり伝わる文章技術は「現代短歌」から学べ!

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/21

“短歌”と聞いて、どんなイメージが沸くだろうか?

古池や蛙飛び込む水の音
――否、これは“俳句”。五七五に季語が入る。ちなみに季語が入らない五七五は川柳。

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人はいさ心も知らずふるさとは花ぞ昔の香ににほひける
――これは短歌。五七五七七で季語は要らない。『古今和歌集』に収められた紀貫之の歌。

「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日
――これも短歌。言わずと知れた俵万智の恋の歌。おそらくこの歌が、日本で一番有名な“現代短歌”。

紀貫之の歌と俵万智の歌の大きな違いは「文語体か口語体か」だが、現代短歌でも「~なり」「~かな」など文語体で書かれているものもあるので、現代短歌とは何か? と聞かれたら「現代に詠まれた短歌」というざっくりとした定義になるだろう。

俵万智の歌を例として挙げたが、今回紹介したい本の著者は自称“世界でたぶん二番目くらいに売れている歌人”枡野浩一(一番はたぶん俵万智)。2000年に発売された『かんたん短歌の作り方 マスノ短歌教を信じますの?』(筑摩書房)で空前の現代短歌ブームを巻き起こした……かどうか定かではないが、本書はおそらく世界で一番分かりやすく面白い現代短歌の入門書。発売から14年の時を経て文庫化された(ちくま文庫)。

枡野浩一の短歌は、“簡単な言葉だけでつくられているのに、読むと思わず感嘆してしまうような短歌”、その名も「かんたん短歌」。本書は『CUTiE Comic(キューティ・コミック)』(宝島社)という少女漫画誌に連載されていた「マスノ短歌教」を全文再現。枡野浩一が教祖、投稿者が信者となって、信者の短歌を元に教祖・マスノが「かんたん短歌」の作り方を丁寧に、時に厳しく指導する。

かんたん短歌の基本ルールは、たったの3つ。

1、あくまで五七五七七で!
2、いつもの言葉づかいで!
3、嘘をついてでも面白く!

「マスノ短歌教」の活動を見てみよう。例えばある男性信者の歌。

「シタいだけ? それだけなのね」と吐(ぬ)かしてる まったくもっておっしゃる通りで

一見、面白くて完成度の高いこの歌も、教祖は「短歌づくりのスタート地点に立ったところで走り終わっている」と指摘。「ここから走り始めて、これ以上遠くへ行けない、という地点を探るのが短歌づくり」なのだという。教祖の推敲案はこうだ。

したいだけ? それだけなのねと怒るなよ「ハイそうです」と言いそうだから
したいだけ? それだけなのとナジるのは「ちがう」と言ってほしいんだろう
好きなのはからだだけかと訊く君にそのとおりだと伝えるべきか
「セックスが目当て」だったらまだマシで今じゃそっちのほうも勘弁

教祖曰く、「“だれもが思うこと”を歌にする場合は、だれもが思いつきそうで思いつかない言い回しを発見しなくては成功作にはならない」とのこと。なるほど。男性はだれもが「シタいだけ」なんだな……。と、女の筆者は切なくもなるが、教祖の推敲案は、基本ルールの3つめ、「嘘をついてでも面白く!」に則っている。「シタいだけ」というのが“だれもが思うこと”なら、少し嘘をついて、「そっちのほうも勘弁」とまで言い切ってしまう。言っている内容はさして変わらないが、後者の方が潔く、清々しく、身も蓋もない読後感が面白い。

本書には、短歌に限らず、あらゆる文章表現の技術や心得が凝縮されている。「自分の書いた言葉を、いかに他人の目になって読み返すか」「ギミック(特殊効果)を使うと意味ありげに見えるが、それは危険なワナ」「オリジナリティというのは、他人のつくった表現をきちんとふまえた上で初めて生まれる」「しらふで口にできる言葉だけを使う」…お酒を飲むとポエマー化する筆者は肝に銘じたい。

最後に、枡野浩一の代表作をいくつか。

好きだった雨、雨だったあのころの日々、あのころの日々だった君
かなしみはだれのものでもありがちでありふれていておもしろくない
殺したいやつがいるのでしばらくは目標のある人生である

目標のない人生でも、「殺したいやつがいる」ことで目標のある(しかもなんだか魅力的な)人生として成り立ってしまう。それがかんたん短歌の面白さだ。

文=尾崎ムギ子