3Dプリンターは善か悪か?――「3Dプリンターが創る未来」から考える

ビジネス

公開日:2014/8/12

 ダ・ヴィンチでもたびたび取り上げてきた3Dプリンター。紙への印刷ではなく、空間に熱した樹脂を正確に積み重ねて行くことで立体物を創り出すことができる機械だ。その用途は自分そっくりのフィギュアを作るといったホビーから、個々人に応じた義足や入れ歯などの義肢の制作まで幅広い。

 3Dプリンターは「メイカームーブメント」と呼ばれる、IT革命の次を担う動きを支えるツールとしても注目されている。これまでバーチャルな「データ」を扱うことで、社会を変革してきたインターネットが、リアルな「モノ」をすら扱えるようになる――例えば、インターネット上に3Dプリンター用のモデルデータを共有しておけば、世界中で誰もがそのデザインを「モノ」として出力することができるようになるのだ。実際、Thingiverse(シンギバース)といったサービスも誕生して人気を博している。

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 本書『3Dプリンターが創る未来』(クリストファー・バーナット:著、原雄司:監修、小林啓倫:訳/日経BP社)では、このような具体例から、それを担うベンチャー企業やクリエイターを紹介し、ありがちな誤解を解きつつ、未来への可能性を示してくれる。例えば、脆いプラスチック樹脂を材料として使うことが主流となっている普及帯の3Dプリンターだが、業務用、実験用の機材では熱した金属や、より堅さや正確さを得られる光結合による立体物の生成も既に始まっていることが紹介されているのだ。これらの技術を使って自動車や飛行機の部品をより効率的に作り、燃費を更に向上させるプロジェクトもすでにスタートしている。さらに、「バイオプリンティング」という分野では、細胞を3Dプリンターで積み上げて行くことで、生きた血管や臓器を作り出す研究まで行われている。

 しかし、ここで気になるのが本書の出版後に日本で起こった、3Dプリンターを巡る2つの事件だ。ひとつは実際に実弾が発射できる拳銃が3Dプリンターで自作されたもの。もう1つは自らの女性器を題材にしたアート作品を、3Dデータとして配付し、3Dプリンターでの出力を可能としたものだ。いずれも、逮捕者が出る事態となり、世界的にも注目を集めてしまった。法律で禁じられた武器を作るのはもってのほかとしても、アートとしてデータを配付することがどこまで違法性があるのかは議論ともなった。

 ここ日本でこういった事例が世界に先駆けて起こるのは、探究心が旺盛で、手先が器用な我々日本人の特色が現われた例と言えるかも知れない。実際3Dプリンターやバイオプリンティングを先導するのも日本人の研究者の存在が大きい。ロボットやドローンといった国も次世代の成長産業として期待する分野でも、素早く様々な試作品を作ることができる3Dプリンターは大いに貢献するはずだ。

 本書を読むと、3Dプリンターがまもなく枯渇する石油や、温室効果ガスといった環境問題を解決することが分かる。完成品を輸送・備蓄するのではなく、データを共有し消費地(ローカル)で生産することで環境負荷を大幅に下げられるというわけだ。それは、一方では環境問題を加速させると懸念されているグローバル化に対する一種のアンチテーゼとも言える。身近な話でも、家電製品などが故障したとき、それを破棄したり工場まで送るのではなく、近場のプリンターで必要な部品を「取り寄せて」修理し、長く使うといったことが可能になる、と本書は説く。

 立て続けに起こった事件によって、3Dプリンターが怪しいもの、怖いものといったイメージが生まれてしまったかもしれない。しかし、少し長い目で見れば、私たちの生活をよりよくする、持続可能な社会の実現に私たちを近づけてくれる夢の機械と言えるのではないだろうか?

文=まつもとあつし