昔も今も変わらない“いまの母親”に注がれる厳しい目

出産・子育て

2014/8/18

国土交通省が発表した「ベビーカーマーク」

国土交通省が発表した「ベビーカーマーク」

 国土交通省は今年3月、交通機関などでベビーカーを利用しやすくするため「ベビーカーマーク」のデザインを決定した事を発表した。電車などでベビーカーを折り畳む呼びかけは混雑時も含め、“原則なし”とし、周囲の人へも使用者への配慮を呼びかけるという。電車やバスなどでベビーカーを折り畳まずに乗り込んでくる母親については、これまでたびたび議論の的になっていた。混雑時に平気で乗り込んでくることについて配慮がないという意見がある一方、赤ちゃんとの外出時に必要な大荷物を持ちながら、ベビーカーに乗せた赤ちゃんをいったん抱き、それからベビーカーを畳むことの困難さ、またそうした状態で電車に乗ったり歩いたりすることの赤ちゃんへの危険についての意見も出、議論は常に割れていたが、これで一応の決着がついたこととなる。

 そうはいってもやはりネット上では「電車でのベビーカー利用は迷惑」といった意見や母親に対して「すみません、の一言があるだけで印象が違う」と、低姿勢であることを望む意見は多い。また、ベビーカーマークを発表した国交省への苦情は子育てを終えた年配の女性からのものが少なくなく、「若い女性を甘やかしすぎ」という意見がほとんどだという。Yahoo!知恵袋や発言小町といった投稿サイトには、年配女性とおぼしき投稿者らが「昔の母親のほうが大変だった」「昔は皆おんぶや抱っこで電車に乗っていた」といった書き込みをしているものがいくつも見受けられる。

 しかし、子育てを終えた年配の女性たちがかつて“新米ママ”だった頃は、それほどに“いまの若い母親”にもの申せるほどの立派な子育てをしていたのだろうか。

 『感じる世界 テレビ時代の子育て』(高橋克雄/女子パウロ会)は1983年6月に初版が発行されている。著者は映像作家で評論家、当時は大学の講師。第二次ベビーブーム時代に子育てをしていた、いまの団塊世代が若い母親だった頃の書籍だ。これは当時テレビやラジオが一般家庭に普及したことから「まるで洪水のような激しい勢いで押し寄せてくる新しい情報文化をどう受け止めてよいのか、迷っておられるお母さんたち」のために書かれた本である。いまでは一家に1台が当然で生活の一部となっているテレビ、またスマホで聴けるようにもなったラジオについて「青少年の思考の欠如や情緒の欠落は、今ではつぎからつぎにさまざまな形の社会問題を引き起こしています」と、青少年における問題が情報化社会によるところが大きいと警鐘を鳴らしている。現代でも、スマホを子どもに長時間見せる事が問題とされたり、ゲームをすることについての是非が問われていたりするが、こうした“新しい文化”に対する拒否反応はいつの時代もあるようだ。

 9章「感じる世界と学校教育」には、小学校のPTAで見かける困った母親の例がいくつか挙げられている。 「ときどきPTAの会合に顔を出す機会がありますが、PTAを社交場と取り違えている、場違いな感じのお母さんがどんどん増えてきて、とても気になります。右にも、左にも、ダイヤの指輪をキラキラさせて、さして寒くもないのに、毛皮のコートを着こんでみえるお母さんに出会うと、心が寒くなります」PTAの会合に目立つ格好で来る母親を批判し「教師の仕事の場である学校でそうした身なりをするのは、恥ずかしいこと。知的なあなたがまとうのは、すてきなセンスだけにしてください」と地味ファッションを推奨している。

 また東京・山の手の、教育熱心な父母の多い地域の話として、小学校中学年から塾をハシゴする子どもが増えてきたことを例に挙げ「雨の日には校門に車の行列ができます。車の助手席には、ジュースとお三時が用意してあります。子どもは、ママが車を走らせる間にそれをほほばって(原文ママ)、つぎの戦場へはこばれていくのです。教師が父母会でいくら加熱した塾戦争の話をして、自省を求めたり、危険ですと訴え、注意しても、親の方は、わが子のこととはまるで思わないらしいのです。そして学校側と教師のほうに少しでも手落ちがあったり、他の学校に遅れをとりそうなことでもあれば、容赦ない攻撃をあびせ、なかには、教育委員会に直訴したりするのです」としている。昨今“モンスターペアレント”という言葉が流行ったが、当時からそうした親はいたようだ。