『シティーハンター』のパラレルワールド『エンジェル・ハート』に見る、愛に溢れた人生の秘訣とは?

マンガ

更新日:2014/9/24

 「血縁による家族愛ほど強い絆はない」

 ウンウン、結局のところそうなんだよね~…とあなたは思うだろうか?
 ソウソウ、困った時に頼るといえばやっぱり…と考えるだろうか?

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  誤解を承知で言えば、それは大ウソといってもいい。

 なぜかと言うと、絆は与えられるのではなく育むものだからだ。やり方次第では血縁を超えることが可能である。養子へ愛情を注ぐ事が可能なことを見れば明らか なように、家族愛は血縁者達だけの特権ではない。第一、血縁が最上! ということは裏を返すと、血縁者が居ないものは絶望せよというのと等しくなってしまう。どんな境遇の誰であれ最上の家族愛を築く可能性は大いにあるはずだと思う。

 もちろんそれは並大抵のことではないが、そんな“他人同士が育む家族愛”が本作『エンジェル・ハート(A.H)』(北条司/徳間書店)では鮮やかに描かれている。80年代屈指のヒット作『シティーハンター(C.H)』(徳間書店)のパラレルワールドとして始まった本作は、危険な仕事や探偵業などを請け負うスイーパー・冴羽獠とマフィアが育てた殺し屋の少女・グラスハートが紡ぐ、ちょっと変わった家族の肖像だ。本作を見れば、きっと絆を育む上での大きなヒントが得られるはずである。

 幼い頃から徹底的な訓練を受け、殺人機械として育った少女・グラスハート。ある時自分の犯す殺人に耐えられなくなり自殺してしまうが、心臓移植により奇跡的に一命をとりとめることとなる。その移植された心臓がなんと、交通事故で命を落とした獠のパートナー・槇村香の心臓であった。

 そして、心臓に宿った記憶と香の心に連れられ、グラスハートは新宿へ。家族の居なかった彼女は獠に始めて受け入れられ、以後パートナー香瑩(シャンイン)として活動を共にしていく。

 家族もなく、名前すら無い強力無比な暗殺者が“受け入れられる”というシンプルな行動により人間性をとりもどしていく点は実にグッと来るものがある。もちろん恋人の死を乗り越え、“受け入れた”獠にも、である。

 前作に漏れずハードボイルドなシーンやド派手なアクションもあるが、本作は戦闘が控えめな分、複雑な過去を持つもの同士が絆を育んでいく人間ドラマが中心である。2ndシーズンは特に顕著で、涙なしではコミックスを読み終えることは不可能とさえ思えるほど。

 『C.H』の外伝的シリーズとなるが、その間に発表された家族をテーマにした別著『F.COMPO(ファミリー・コンポ)』(徳間書店)に通ずる部分も非常に多い。受け入れる、という愛情表現は『ファミリー・コンポ』の際にも重要な行為のひとつだったし、血の繋がっていない家族という部分でも同じだ。パラレルワールド作品なだけに、ついつい『C.H』の残像を追いかけがちだが、設定などはかなり変わっており、全く新しい作品に仕上がっているといって良いだろう。いうなれば北条司氏の集大成的な作品なのだ。

 ちなみに直近のエピソードでは海坊主ことファルコン(元傭兵で獠の昔馴染。本作では伊集院隼人ではなく黒人)の元へ隼子という少女が突如現れ、彼の隠し子騒動が勃発しているが、ここにも本作のテーマを色濃く見ることができる。

 父親候補は4人登場するが、母親の静香はあえて誰とは言わない。娘の隼子に決めさせようとするのである。そして父親候補が一同に介し、各々に静香への愛と、彼女からもらった愛情を告白していくのだが、物語は意外な方向へ進んでいく。

 一見すると、4股による修羅場に見えるため、DNA鑑定をして決着! となりそうなものだが、本作では全く違う結末となる。ざっくりと言えば、お母さんは全員を本当に愛していたから全員パパ! である。

 ヒドイ浮気話のようなのに、本作ではそういったドロドロ感は一切ない。全員が正直だし、全員がある種受け入れる事で決着するからである。これは静香より深い愛を受けたからこそ。父親たちは過去に他人である自分が受け入れられた喜びを今度は恩返しするというわけだ。

 一重に、娘にも4人の男にも全員に等しく家族愛を注いでいたという、静香の途方も無い大きさの愛情表現の賜物であり、家族愛を軸に、結果として隣人愛・人類愛をも考えさせられてしまう内容になっているのだ。

 許し、受け入れること。本作ではこれが多かれ少なかれ、絆を育てるポジティブな引き金になっているのだ。さらに辿れば、物語の全ては香の心臓から始まっている。温かく、奇跡の連鎖を起こし始めたこの心臓は、文字通りエンジェル・ハートといえそうである。

文=すぎやまなつき

『エンジェル・ハート[2nd シーズン](9)』(北条司/徳間書店)