読者だけがすべてを見通せる、切ない純愛ミステリー

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/21

『告白』でデビュー以来、当時の流行もあってイヤミスの代名詞のように言われていた湊かなえだが、4作目となる『Nのために』(湊かなえ/双葉社)を読んだとき「あれ?」と思った。読みごこちのいい話ではないし、胸が潰れるような描写も各所にあるのだが、それでも本書はこれまでの作品とあきらかに違っていたからだ。これは恋愛小説ではないか。しかも、見返りを求めずただ純粋に相手を思う──そんな恋愛小説だ。

セレブが住む高層マンションの一室で起きた殺人事件の事情聴取から物語は始まる。被害者となったのはこの部屋の持ち主である野口貴弘・奈央子夫妻。現場に居合わせたのは夫妻の知り合いである杉下希美、ケータリングサービスで訪れた成瀬慎司、遅れてやってきた貴弘の部下であり希美の友人でもある安藤望、そして犯人として逮捕されたのは、奈央子の不倫相手とされた西崎真人だった。

第1章では、4人の事情聴取(西崎は自白)の様子が綴られるが、果たして本当に彼らの話す通りだったのか。第2章以降、警察には語られなかった真相が、10年の時を経て、彼らの回想で明らかになる。杉下と成瀬は同郷で、同級生だった。杉下と安藤と西崎は同じアパートの住人だった。現場にいた彼らは、実はつながっていたのだ──。

前述の登場人物を見て気付いた人もいるだろう。皆、イニシャルにNを持っている(ついでに言えば、彼らが住むアパートの名前も「野ばら荘」でNだ)。本書は、登場人物が皆、誰かのために──それぞれが、それぞれにとってのNのために何かをする物語なのである。誰かが誰かを愛している、または大事に思っている。中には、気持ちを伝えさえすれば両思いになるであろう組合わせもある。けれど彼らはそうしない。どうしてやればいいか、どうすればNは幸せになれるか、ただそれだけを考えて動くのである。

その過程が、彼らの過去とともに語られる。誰もが心に傷を持ち、それを癒せないままだ。けれど彼らは自分の傷を癒そうとはしない。人の傷を癒そうとするのである。その方法はもしかしたら間違っているかもしれない。けれど私たちがそこに見るのは、悲しいまでにピュアでやさしく、けれどそれゆえに、悲しいまでにすれ違ってしまった「誰かへの想い」なのである。

なぜ思いがすれ違うのか。「誰かへの思い」のその「誰か」が人によって違うからだ。誰もが自分にとって一番大事な人のために動いた。だからすれ違った。登場人物たちはそのすれ違いに気付かない。それがわかるのは、すべてを読んでいる読者だけなのだ。最後まで読んだとき、そのすれ違いがどんな相関図を生むのか、読者だけが手にすることができる。だからこそ、いっそう歯痒く、いっそう切ない。

小説では、主要登場人物の回想の形で真相が明らかになるが、ドラマでは事件の決着に疑問を抱き真相を追う刑事役が設定されている。読者(視聴者)の視点と同じ位置の謎解き役を作ることで物語のポイントがクリアになり、よりミステリ色の強い作品になるだろう。原作ではその人物本人が回想として明かした箇所を、視聴者は刑事とともに解くことになる。これを機に、真相の鍵は誰のどの思い出にあったのか、謎解きミステリとして読み返してみるのもいいかもしれない。

文=大矢博子

『Nのために』(湊かなえ/双葉社)