私、僕、ワシ、拙者、わらわ…「役割語」っていったい何?

文芸・カルチャー

2014/10/23

古いマンガの話で恐縮だが、『エースをねらえ!』(山本鈴美香/ホーム社)をご存知だろうか? あの松岡修造氏が選手時代、世界を転戦するカバンに単行本全巻を入れ、コート上でも何度も読み返したというテニスマンガの金字塔だ。その登場人物に、結婚もしていないのに「お蝶夫人」と呼ばれる超高校級テニスプレーヤーの竜崎麗香という女性キャラクターがいるのだが、彼女は女子高生なのに自分のことを「あたくし」と称し、口調も「~じゃなくって?」、笑い声は「ホホホ」というハンパない上品さなのだ(実際にお嬢様という設定で、名前の漢字からもそう感じる)。「なんと高貴な言い回し!」と思わないだろうか? これが「役割語」と呼ばれるものだ。

役割語って、何?――そう思うのも無理はない。これは近年研究が始まったもので、今回紹介する『<役割語>小辞典』(金水敏:編/研究社)の著者である大阪大学教授の金水敏氏が提唱したものであり、本書は世界初の役割語に関する辞典なのだ。

ある特定の言葉遣い、例えば「私が行きます」「僕が行こう」「ワシがゆこうかの」「拙者が参る」と聞くと、同じ内容でもその言葉をどんな人が発しているのかがわかる、また坂本龍馬の「◯◯ぜよ」など特定の人物がいかにも使いそうな特徴的な言葉遣い――それらを「役割語」というのだ。これは日本語に「私」「僕」「オレ」「拙者」「ワシ」「われわれ」「諸君」「貴様」「それがし」など人称代名詞が数多くあること、さらにそれと組み合わされる「語法」によって人物像が浮かび上がってくるのだが、これは「そういう言い方の人はこんな人」という共通理解があるから成り立つもので、こうした複雑な作業を、日本人はマンガやアニメ、小説、映画などを見るときに自然にやっているのだ。本書ではそれらを<男ことば><女ことば><老人語><武士ことば>など53種類に分類している。

この役割語は他の言語にもあるが、日本語は突出して多い。例えば英語は人称代名詞が少なく(I、my、me、mine…と覚えたアレだ)、話者を特定する手がかりはとても少ないそうだ。そのため<田舎ことば>などが使われて訛ったり、ちょっとしたスペル違いの単語を使ったりすることがあるそうだ。「ハリー・ポッター」シリーズ(J・K・ローリング 松岡佑子:訳/静山社)に登場した、禁じられた森の森番で魔法使いでもある大男ハグリッドの話す言葉には、イギリスの農村地帯の訛りが使われているという。

本書では「あかん」から「ん」まで121項目を詳細に解説、マンガや歌舞伎、脚本、小説、滑稽本、テレビ番組など古今東西ありとあらゆるところからの引用でその用法を説明している。本書からひとつ紹介すると、助詞の「だ」は「おら、東京さ行くだ」などと使われ、「田舎者のキャラクターが使う言葉」であり、これは東日本、特に東北地方を中心に用いられている方言である<田舎ことば>で、その起源は江戸時代に東北地方が最も身近な田舎であったことが影響しているのだという。使用例には『ドラゴンボール』(鳥山明/集英社)の牛魔王が登場するページの画像とセリフ、そして式亭三馬の『浮世風呂』からの引用が記載されている。

そして本書の表紙に描かれる女性は、『ベルサイユのばら』(池田理代子/集英社)の作者である池田理代子氏の『おにいさまへ…』(池田理代子/中央公論新社)の登場人物、一の宮蕗子だ。作品の舞台である青蘭学園高等部3年、生徒会長で、選ばれた者しか入れない学内社交サークル「ソロリティ」の会長でもあり、学園理事長の娘という上流階級の出身で、その圧倒的な美貌から「宮さま」と呼ばれる、名門女子校の女王様だ(ちなみに本作は「女子校における百合系マンガ」の嚆矢でもある)。筆者個人的には、前述のお蝶夫人と「気品ある言葉遣いの縦ロール女子高生キャラクターの双璧」と言える存在だと思っているのだが、その宮さまは本書帯文に「これをお読みなさい <役割語>のことがよく分かってよ」とのたまっている。この「お読みなさい」「分かってよ」という辺りに、役割語の大切さをヒシヒシと感じないだろうか? 「感じた!」「そう思うわ」「ピーンときたぜ!」「そなたの言う通りじゃ」という人は、本書を思いっきり楽しめるハズだ。

文=成田全(ナリタタモツ)