成仏していない霊に同情してはいけない ―人には話せないスピリチュアルな疑問を解明するお助け本

暮らし

2014/10/28

 みなさんは「ちょっと不思議に思える奇妙な体験」をしたことはないだろうか?

 ふりかえれば、筆者にも1度だけ、あれはなんだったんだろうと思える不思議な体験があった。小学生のとある夏、親族で鎌倉にある海辺の古い洋館へ泊まりに行ったときのこと。滞在最後の夜、食後のだんらん中にダイニングルームからふと窓の外を見ると、庭園灯が照らす樹の緑が海風に揺れるのが見えた。しかし翌朝、帰り際に母が「ねえ、昨日の夜、庭に電灯がついていたわよね?」と、庭園灯を探している。筆者も「うん、緑の葉っぱを見たよ」と一緒に探したが、該当する庭の一角や洋館の壁に電灯らしきものはみあたらなかった。その洋館は明治時代のものであり、かつてある有名画家の屋敷だったという。アンティークの家具や絵がたくさんあり、そういえば初日にドアを開けると、よどんだ空気の重たい印象があった。急に怖くなった母と私は顔を見合わせると、それ以上何も詮索せず、誰にも話さず、つとめて明るく親族たちと洋館をあとにした…。

 憑依体質の家系に育ったためか、幼い頃から“見える幽霊”に悩まされ、全国の神社仏閣を巡って精神修業を重ねた女性のスピリチュアルなブログが書籍化され、話題になっている。その『ひっそりとスピリチュアルしています えっ!? 意外! 神仏はこんな人が好き』(桜井識子/ハート出版)を読むと、当時の母と私の判断は、ある意味正しかったといえそうだ。世の中には、何かいわくありげな場所で同情したり、同調することで、霊に憑依されてしまう例もあるのだそうだ。本書は著者の桜井さんが実際に経験したり見聞きした不思議な体験にもとづき展開されているのだが、数あるエピソードの中から、該当する部分を少しご紹介してみよう。

●霊がいそうな場所で同調してはいけない

 桜井さんの母親がある日突然、原因不明の体調不良に陥った。ベッドから起き上がれず、病院で検査をしたものの特に異常はみあたらない。心当たりがあるとすれば、体調不良の前日、散歩途中で心中事件のあった集合住宅の横を通りかかったときに、亡くなった親子のことが浮かんで「何かつらいことがあったんだろうな、可哀想に」と思ったこと。
 しかし桜井さんによれば、成仏していない霊は波動が低いため、憑依されてしまうケースがあるという。霊がいそうな場所で同情したら、その思念が同調して憑かれやすくなってしまうので、どんなに可哀想だと思っても、同情してはいけないそうだ。同様のケースで、桜井さんの元夫が転職先で工場見学の際、毎年何人かは事故で亡くなるという話を聞いて「一生懸命作業してて、事故で亡くなるなんて、可哀想やなぁ、悔しいやろなぁ」と同情し、霊に憑依されてしまった話が紹介されている。3カ月ほど激痛を伴う腹痛が続いてげっそり瘦せ、最終的には退職。するとその直後から嘘のように元気になり、現在は別の職場で元気に勤務しているという。

●海外の骨董品には要注意

 また本書には、こんな興味深い事例も載っている。桜井さんの本業は介護職なのだが、ある日、担当している認知症男性患者の部屋に、得体のしれない雰囲気を放つ絵が飾られていることに気がついた。外国人のサインが入った不気味な西洋画だ。男性患者の私物なのだが、憑依体質の彼女には、絵を通じて多くの霊が出入りしている気配が感じ取れる。男性患者も、その霊障で苦しんでいるふしが見受けられた。つらそうなのでいたわろうと言葉をかけると、ふだんは会話が困難な彼が絵について「そこから、何かようけ出てきよるやろ」と、ふいにはっきり言ったという。海外の宗教に関するものや、見た目が不気味なものを購入するときには注意が必要で、購入を慎重に検討したほうがよいそうだ。ちなみに男性患者の部屋の窓を開け放し、外からキンモクセイの香りが流れ込んで芳香が充満している間は、天然の樹木の香りが場を清めたのか、霊の気配は感じられなかったそうだ。

●神仏に好かれるにはどうすれば…?

 本書の前半には、霊感が強く憑依体質であった桜井さんが、幼少時代から日常的に低級霊や幽霊を見てしまい、怖い思いをしてきたエピソードが綴られている。そんな彼女が霊を避けるために自然と体得し、継続してきたのが、下記のことがらだという。

・霊の気配を感じても、決して波長を合わせない
・多くの神社仏閣を訪れ、食事は菜食主義に
・人の悪口を言わない、怒らない、不平不満を言わない等、精神修養を心がける

 これらのことを実践するうちに、徐々に波長が霊ではなく、神仏にフォーカスされるように変化したという。興味深いのは、髪の毛は霊感と関係があるらしいという記述。昔からショートヘアだった桜井さんが一時的にロングヘアにしてみたところ、霊感の感度が上がったという。霊をたくさん見てしまい、たまらずバッサリ切ったそうだ。

 また桜井さんによれば、実は霊感は誰にでもあるもので、それに気づいて育てるかどうかの違いだけだという。霊感があっても、幽霊しかわからないのであればないほうがいいけれど、努力して神仏がわかるようになると、霊感は断然あったほうがいいそうだ。そのためにはコツコツと神社やお寺に参拝に行き、自分でできる範囲の精神修養を継続する。すると、それが研磨剤となって、魂が磨かれていくのだという。正しいお参りの方法についても触れられているので、ぜひ目を通して心にとめたい。

 本書は、スピリチュアルな体験やそういった世界に関心が薄い人から見ると、少し受け取り方に悩むかもしれない。しかし、もともと神社仏閣巡りが好きだという人は、心を澄ませて桜井さんの言葉に耳を傾けていくと、自分と縁を結んでくれる神仏と出会うことができるかもしれない。信じるも信じないも、あなた次第だ。

文=タニハタマユミ